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時計を着用するということ

唐突だが私は時計を着用することが好きではない。好き、普通、嫌いで言えば、普通と嫌いの中間ぐらい。時計好きとは思えない発言である。うちの店長さんも「時計は使いましょうよ」と言う。「時計は使ってナンボ」という考え方や主張は確かにあって、それは時に論争になることすらあるが、私にとっては「んなこたあ、どっちでもいいべさ」という感じ。

私が時計を着用するのは家と職場の往復時、これ以外はほぼ外している。職場では出社した瞬間にまず外す。毎日デスクで400字原稿30枚分ぐらい、つまり1万文字以上の文字を打つので左腕にサブマリーナなど邪魔でしかない。仕事場には娘が買ってくれた大きな置時計があってどこにいても時間がわかるので腕に目を遣る必要が無い。食事を摂りに外へ出る際もつい忘れたり、面倒になったりして置きっ放しにすることが多いし、実のところ往復の通勤時も不要ではないかと思い始めている。

そもそも私は腕時計を「時間を知るための道具」だとは思っていないのだ。思うところあって先日久々にデイトナ(16520)を腕にしたが、残念ながら50代のおっさんの目では時間を読み取れない。眼鏡を外して裸眼になれば見えるが、あの眼鏡をひょいと上に上げたり下げたりするオヤジ独特の仕草が私は嫌いなので、私はデイトナではなく胸ポケットからスマホを取り出して時刻を確認した。そう、私にとって時計は時間を知る道具ではなく装飾品である。帽子のようなもの。あるいは前にも書いた原始時代の人々が首にジャラジャラぶら下げた獣の骨や牙のようなもの。これも装飾品であるが、普通家の中や職場でそういうモノを身に着けたりはしないべさ。

「時計は最新こそ最良」という考え方にあまり同調しないのはそういう理由。道具だと思っていないので性能にさほど興味がない。潜らないので高い防水は不要だし、飛行機嫌いなので3か国の時刻表示とか要らない。置きっぱな故しょっちゅう止まるので精度とか気にしたことがない。一日に何秒遅れようが進もうが別にどうでもいい。帽子や動物の牙に性能は求めないのと同じ。もちろん「時計は使ってナンボ」や「最新こそ最良」という他人様(ひとさま)の感性を否定はしない。おかしなことではない。ただ自分は違うというだけのこと。少なくとも私にとって大事なのは、新しさや性能ではなくデザインや意匠、コンセプト等が自分の好みに合っているかどうか。もし時計がただの機械(工業製品)なのだとしたら、俺らは牛丼を5000円出して食っているに等しい。つまり単に時間を知るためだけに100万円の腕時計は高すぎる。

だから、ワタシやあなたの左腕に乗っかっているモノは工業製品ではない。アタシらの心だ。それがキラキラしたものであるか、醜いなにかであるか、ただの虚栄心であるか…。意味を与えるのはあなた自身だ。使おうと使うまいと、腕に乗せようが仕舞ったままであろうが、10代、20代のガキンチョならともかく、いい歳した大人が左腕の100万円の時計に意味を与えられないのであればこんなに不毛な趣味はない。

帰省のついでに心斎橋に行った。実は、私は頻繁に心斎橋に行く。何年も前からだ。サラリーマン時代も夕方にドロンして(又古いなあ~)、19時半ぐらいにグリコの派手なネオンに出迎えられ、ビールとたこ焼きを食っていたものだ。道頓堀や宗右衛門町が妙に好きなのだ。こういうことを少なくともこれまでの人生で50回は実行した。なぜか心斎橋へ行きたくなる。あの人込みと活気が好きなのだろう。ところがここ最近はアジアパワーが凄くて、もう半分以上はそうではないか。東京にもたくさんいるが、ちょっと活気が違うというか。それでもってたこ焼きが10個入りで900円強である。これ日本人にはぼったくり価格なのだが、外国人には普通の価格感。そのことについてはこのブログでも書いた。時計と同じことがたこ焼きでも起きている。外国人のランチ代2000円は普通のこと。給料も高く物価も高い。日本だけが置いてけぼり。耳慣れない異国語に囲まれながらたこ焼きを食べていたら、隣のアジア系若者の腕にはデイトナのアイスブルーだ。その連れは現行のSSデイトナ。二人とも20代だろう。時計を指差して「いいねえ!(looks great !)」と誉めるとうれしそうにはにかむ。まだあどけなさが残るかわゆいオトコの子たちだ。翻ってニッポンは都市部を離れるとジジババしかいない。少子高齢化社会。ちょっと苦いビールの味よ…。そして、今日も暮れゆく道頓堀…。

道頓堀201605
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TUDOR MN

もっと早くにアップしようと思っていた記事。チュードルのMNについて。おそらく私にとっても他の多くの人にとっても一生縁がないであろう時計の話。MNというのはMARINE NATIONALEの略。フランス海軍。ヴィンテージの領域のひとつに軍用時計なるものがある。各国の空軍や海軍が兵士たちの装備品として各ブランドメーカーに発注したもの。退役した元軍人さんたちが手放したそれらが市場を形成している。レマニア、ロンジン、スミス、ホイヤー、ハミルトン、レオニダス…、たくさんのブランドが各国に供給していて、それらの中にはすっごく格好いいものもあり(ショップさんとしてはキュリオスキュリオさんが有名)、実のところ私は軍用時計が好きなのだ。

その中でもチュードルのMNはちょっと特殊と言ったらよいか、これはフランス海軍からチュードルに発注された。最初は1974年だから、もう40年以上も前のことである。なぜフランス海軍からの発注先がチュードルだったのかは不明。無駄を排すために選ばれたのはノンデイト仕様、海軍ゆえ当然サブマリーナである。当時のチュードルのそれは1968年に発売された7016。ブレスは外されて、NATOバンドに、そして裏蓋には「M.N. 74」と刻印され潜水艦の乗組員たちに支給された。私が知る限りは1982年の刻印まで存在する。対象は次世代の9401まで。ともにノンデイトで黒と青の両方があり、ベンツとイカ針の両方がある。刻印は西暦4桁すべてと下2桁だけの2種が存在。

詳しい人はご存知の通り、ノンデイトのイカサブはそれだけで価値があり貴重だが、さらに青のノンデイト・イカはまずお目にかかれない。そして裏蓋にMN刻印があって、それを証するペーパーがあればもはや博物館クラスなのだが、悲しいことにパチが多い。まず本体のパチ。さらには刻印のある裏蓋だけがパチ。次に非常に重要なDECOM PAPER というのが付属するのだが、これもまたパチが多いという難物。まあ堅気が手を出せる代物ではないということ。逆に本物・完品なら300万円台はおろか、今なら500万超えの宝物となるのではないか。価格についてはマーケットには出て来ないのであくまで推測。

以下、備忘録。
色は黒と青があり、針は通常ベンツとイカ両方ある。品番は7016, 9401。西暦は4桁、2桁の2種。刻印場所はセンターかやや下寄り。フォント複数。日付表示はなし。ステンブレス無し。贋作多し。最も希少なのは青のイカ。証明書類について。Ledger books、DECOM PAPERS。

tudor mm77
実物を所有していないためネットから借用

令和を迎えて

最近店で売れた16750はとても良い個体だった。人によって時計の評価ポイントは違うし、そもそも良し悪しなどあくまで主観なので「私にとって」を付け加えておく。あれは当店に来る前には同業者さんの間をグルグル回っていた個体だったのだが、「これがもし売れなかったら自分が個人として買うから」と店長に伝えてあったほど。やはり早期にあっさり売れたのだがお宝だったと今も思う。大事にしてくだされ。手放す際はぜひお声がけを。それとあの時計はOHに出しても磨かないほうがいい。

昨日売れたスピマスは元私の所有物。これ実は超おススメだったのだ。5th初期でここまでのものは少なくとも私の知る限り他になかった。「きれい」だというのではない。例えるならば若いときはもちろん年を取っても素敵な俳優がいるではないか。私にとっては先ごろ亡くなられたショーケン(萩原健一)とか。私の云う格好良さとはそういうもの。理想的な経年変化を遂げていた。私の前はワンオーナー。フランス人の爺さんで今もメールのやり取りがある。1971年に新品で購入し、1977年にサブを買ってからは使わずしまい込んでいたそうな。風防の欠けは車のドアにぶつけたものとのこと。フルオリジナルの未研磨品なので私はあえて交換しなかった。傷はたくさんあるがこれも消さない方がいいと私は思う。ショーケンもいろいろ問題を起こしたけど、その傷も含めてショーケンだったべ。

次はショップの事務連絡。昨年、委託の「利用規定」をいくつか変えている。ひとつは預かり期間。以前は無期限だったが、今は販売開始(WEB掲載)から2か月にさせてもらっている。委託品というのは他人様(ひとさま)の何十万・何百万円の資産であり、それらを預かるというのはとても緊張するもの。もちろん所轄の警察署とは緊密に連携を取らせてもらっており、預かった時計は銀行や店舗の金庫で厳重に保管しセキュリティーも備えているが、それでもやはり重い責任感と緊張から解放されることはない。そしてそれ以上に私がおそれているのが実は「自然故障」なのだ。元からの規定にある通り自然故障は補償対象外。時計は機械であり、経年で故障したり不具合が当たり前に発生したりするもの。また売れるものは初動で売れることが多いのでなおさら長期間の保管は避けたい。トケマーやアンティーウォッチマンさんのように、時計は委託者さんに保持しておいてもらってWEB上でだけ売るという仕組みはいいなと思う。正直うらやましく将来的にはそういう制度をアレンジして取り入れていく考えもあるのだが、それはまた別の機会に。読むのは一部の人とは云え、こういった場で説明することができて、今回はこのブログの存在意義があったなあと思いながらながら書いた。規定変更ふたつ目を書くと長くなるのでそれは次回更新で。「値引きについて」。

さて最後に。いよいよ令和の幕開けである。私は今回の改元でとても初々しい気持ちになった。前の昭和から平成への移り変わりはよく覚えていて、あのときは昭和天皇崩御により世の中は一気に自粛ムードとなった。全国で祝賀行事は中止となり、確かCMも流れなかった。昭和最後の日、同僚と繁華街に行ったら、パチンコ屋も風俗店も居酒屋もみな営業こそしてはしているが表の灯りはすべて消しており、通りは暗く異様でまるで違う世界に迷い込んだような気がした。当時はまだバブルで世は未曾有の好景気。私たちはこの後に起きる9.11テロのことも阪神や東日本その他各地のひどい震災が頻繁に起きることもオウム事件のことも、そして経済が壊滅的になって日本が格差と貧困にあえぐような国になることも知らなかった。今思えばあの暗い繁華街はこの後の時代を象徴していたかのように思えてしまう。それを思うと今回の祝賀ムードは何とも楽しい。長期休暇も重なって道を行き交う人々の表情も明るい気がする。高齢化社会が訪れて久しい。時計好きも高齢化である。お店に来てくれる人も40~60代が多い。微力でも我々オッサンたちがもうひとがんばりしてこの国をもう一度豊かにしていこう。

春爛漫の候、

明日はまた東京も「寒波再び」らしいが、今日は何と良い春の陽気だったことか。ポカポカと暖かく、そよぐ風もまた心地よい。

前に書いた突発性難聴が良化せず、相変わらず耳鳴りと難聴の日々である。電話だと利き耳の左ではもう会話は難しく、今は聞こえる右耳にイヤフォンを差しての通話。難聴の左は音程も狂ってしまっているので、音楽はモノラルに変換して右からしか出ないようにしてやはりイヤフォンで聴く。我が人生からステレオ音楽を奪われてしまった。さらに病気の愚痴を続けると、困るのが自宅で観る映画。黒澤や小津の古い邦画だと役者の喋り(セリフ)が聞き取れない。現代の作品でも聞きづらい。必然的に字幕の洋画がメインになってしまう。とグチグチ書いたが私は実のところまったくへこんでいないのだ。目まいの発作さえ起こさなければどうってことはない。晴れた日は仕事の合間に大きな公園に行き、そこでたくさんの木々や花に囲まれ、座ったベンチで風に吹かれていると何とも心地よく、まだまだ五感が生きていることがわかる。「生き死に」の病ではないのだ。ぜいたくを言ったら、難病・闘病中の人に申し訳が立たない。他にも年末に全治3か月の大きな怪我をしていまだ普通に歩けないとか、ストレスからまたもや10円ハゲが右耳上に出来たとか(笑)色々あるのだが、みなさんの人生にだって色々なことがあるだろうし、まあみんなも挫けず元気にがんばろうよ。

それにしても今年の桜もきれいであったなあ。何で年取ると桜がこんなに胸にしみるのかねー。

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ということで「無事に生きてるよ」の報告。店を訪れてくれる多くの人たちから「オーナーさんお元気ですか」のコメントをもらっていたようで、「ありがとう、ありがとう、元気です」。早くブログの再開を…の声もたくさん届いてはいたのだが、思うところもあり時計については店の仕事に制限させてもらっていた。今日は久々なので少しは時計のことにも触れておくと、私はずっと昔から商売とは別に自分なりの時計の「道」というものを考えていて、それは今も続いている。別に改めてここに書くまでもなくシンプルなことで、自分自身が本当に欲しい時計は何かということ。その道はまだ続くが、時計への虚飾からはもう脱しているので今は好きな時計を値段やブランドに関係なく付けている。そのことはいずれまた。今夜は旧知の仕事仲間と焼き鳥を食いに行くのだ。楽しみ。徒歩圏のところにしてもらったのでがんばって行ってくるよ!

個人事業者の時代

これからの中古&ヴィンテージ時計業界は「個人売買の時代」だとつくづく思う。法人経営者が何を言うかと思われてしまうかもしれないが、私の本音は実にそうである。時計は「個人売買の時代」だと。前に、皆さんのような個人も「時計売買の事業者」であり、私らとは同業者だと書いたが、その思いはあれからもまったく変わっていない。それどころか時計市場は直接・間接問わず、日増しに個人と法人の境界線があいまいになっている。直接とは知り合い同士の売買であり、間接とはヤフオクやトケマー、ショップの委託などを通じて行われている。これらをすべてひとくくりに「個人売買」と私は定義している。私のショップにおける委託販売もそう。私は場を提供しているに過ぎず、値段も委託者さんの自由設定なので実体は個人売買である。

インターネットの普及によって、どのジャンルであろうとも卸と小売業界は壊滅的な打撃を受け、スーパーもデパートも専門店も青息吐息である。ネットで世界がつながった今、リアル店舗が生き残るのは簡単ではない。特に中古品。これなど完ぺきにヤフオクやAMAZONマーケットプレイス、メルカリ等を始めとする個人間取引が主流になり、ブックオフなども苦しんでいる。ヤフオクは間にヤフーという企業が入っているとは言え、売買の責任を一切負わないという座組によって、実質は個人売買である。こういう広義の個人売買普及の本質にあるのは、無駄な中間マージンを「店(=仲介者)」に取られたくないという思い、つまりは強い損得勘定であり、また仲介者が高い利益を得ていることへの反発でもあろう。売りたい個人は出来るだけ高く売り、買いたい個人は出来るだけ安く買いたい、ただの仲介者が20%、30%もの大きな利幅を取るのは不当である、そんな思いがここまで個人売買を発展させた。

もうひとつ大事なこと。今の市場を支えているのはもちろん時計愛好家であるが、もう少し正確に書くと「時計売買が好きな人たち」でもある。買った時計を短期でどんどん手放して回していくという、そうではない人々からすれば結構驚くような個人売買者が大勢いて、程度の差こそあれその人たちのお陰で時計中古市場が成り立っている。小野さんが愛情をこめて「変態」と呼んでいるような人々。ありがたい存在である。時計を何本も何十本も売買する彼らを私は同業者であると認識し、「個人売買の時代」が本格的に到来したのだという強い実感と確信を込めて今この原稿を書いている。彼らを生み出したのはインターネットである。ネットが発達する前の時代、時計愛好家たちはショップに足を運ぶか、ショップの宣伝満載の雑誌からぐらいしか情報を得ることはできなかった。当然だが極めて限られ、操作された情報でしかない。買い取り価格だって横の比較はとても難しかったはず。圧倒的に売り手優位だった時代。あらゆる市場がそうであった。だが今は違う。インターネットが世界を変えた。覆われていた多くのことが露わになり、たくさんの情報が個人によってネットで発信され、交換され、それらは瞬く間に広まってゆく。個人(顧客)は受動から能動へと変わり、やがて積極的にモノの売買に乗り出し、その多くが事業者ともなる。メルカリなどを見るとそれを実感する。今、現実に起きていること。時計業界も例外ではなく、いや、むしろこれからさらに大きなダメージを受ける業界かもしれない。長年店を経営してきた側にとってはありがたくない時代の到来だろうが、多分この流れには誰もあらがえない。インターネットの出現によって顧客は変化した。いや、それは変化ではなく進化だと云ってもいいのかもしれない。

法人経営者でもある私は個人売買の時代到来を嘆いてはいないのだが、それは法人の構えを取っていても私自身が最初から個人事業者という感覚でこのマーケットに入ったからだ。再度書くが、私は個人の時計好きだった過去もそして現在も、自分を時計の個人事業者であると位置づけている。皆さんと同様に、である。皆さんと同様と書かれてもきっと皆さんの側にまだ実感はないであろうが、私は時計を買ったり売ったりすることにおいて、皆さんと何ら変わらないのだということをくどいがここにしっかりと書いておきたい。皆さんは時計を手放すにも買うにも中野の時計店を何軒も回り価格やモノを比較する、トケマーやヤフオクで転売する、「売ると買う」を繰り返す。そんな皆さんは、「時計を売買する」というその本質において正しく私の同業者である。他にも例えば皆さんは(当たり前の話だが)欲しくない時計は買わないであろう。これ、私も同様である。時計屋は時計であれば何でも買い取る、あるいは買い取るべきだと思っている人もいるがそんな考え方は、間違いというよりはもはや時代遅れである。あなたが要らない時計は、大抵他の人も欲しくはなく、私も同じである。個人事業者間による売買の時代、それは時計もまた淘汰される時代だということ。長くなったので今日はこの辺りで。

前回の続き

先日突然 iPhone が壊れて買い替えたのだが、そのiPhone x の価格は何と14万円である。前回記事のきっかけはこれ。世界中の人が14万円も出して買うのかよと。もちろん256GBと最も容量が大きく、又8ではなく X(テン)なので一番高い機種であることは先に書いておくが、安い機種でも一括ではほぼ10万円はする。世界中の一般ピープルがこんなお金で買うのだろうかと疑問に思い、そこでiPhoneの海外での価格をネットで調べてみたのだが、日本は決して高くないのだ。むしろ他国はもっと高い。ますますおかしいぞと。デフレということの本質を我々は知らないのではないか。我々は何かにひどく騙されているのではないか。基本的に、10代の頃からお上(おかみ)のことは信用しない生来の反骨心がむくむくと頭をもたげてきたのだ。

同種の違和感は、時計についても日々感じていたこと。5桁GMT-MASTER 16710のF番あたりは、日本では110万円(アメリカでは1万ドル、欧州では8,500ユーロあたり)程度が相場で、随分と慣らされてしまったが冷静に考えるとむっちゃ高い。世界で人気の16710だが、では世界中のロレ好きも10年以上型遅れの中古時計に110万円も払うのだろうか…。それが皆さん、払うのだ。どこの国でも人気があってすぐにSOLDになる。iPhoneの14万円とともに私の心中での疑問がふくらむ。世界は一体いつそんなに豊かになったのだ。

いきなり結論めいたことを書くが、もし他国では110万円(1万ドル)の16710が日本での価格感としては70万円ぐらいだったら?新型デイトナが80万円。新型エクツー214270が38万円とか。妙に納得できる数字ではないだろうか。前回記事からの私の仮説と推測はそれ。もしそれがビンゴなら、これまでの違和感はすべて氷解する。iPhone が5~7万円ぐらいで売られている世界。中古16710のF番が60~70万円で売られている世界。

スイスの人々の昨年度の平均年収は世界1位で1,073万円(95,002ドル)である。2位のノルウェーが921万円、3位がルクセンブルク、4位がデンマークでともに800万円台。アメリカは8位で645万円。我が日本はと云うと先進国ではドイツやイタリア、イギリス、オーストラリア、オランダなどにも負けて下のほう、トホホの18位429万円である。そしてデフレから脱却できないため、給料も上がらないが物価も上がらない。マクドナルド社は各国の景気や指数を見て販売価格を決めているのだが、前回記事の日本でのビッグマック価格370円というのは、スイスやアメリカはもちろん、実はタイや韓国、スリランカよりも安く、日本と同額なのはリトアニアである。リトアニアはGDP世界85位の国であるよ。今年の春にマクドナルド社は日本でのさらなる値下げを断行したほど、日本はインフレへの入り口どころか、まだデフレの出口すら見えていない。

そんな日本の状況にお構いなく、ロレックスの価格は新旧問わず、世界中で騰がっていく物価や給与にあわせて上昇していくが、ずっと円安デフレの日本人にとってはひたすらロレックスの価格が騰がっていくのを呆然と見ているの図式。

スイスは世界一物価の高い国で比較対象としてフェアではないため、ニューヨークと東京という日米都市部で比較してみたい。ニューヨークで働く私の知り合いのワンルーム(studio)の家賃は2,600ドル(約28.6万円)。そうここでもやはり日本よりはるかに高いのである。ランチ、地下鉄、ホテル、たばこ…、まあ高い高い。当然だがその分給料も高い。一方、日本。調べてみたが都心新宿で30㎡のワンルームは大体15~18万円ぐらい。先ほどのアメリカの平均年収は600万円台、400万円台前半の日本の約1.5倍。ビッグマックのアメリカでの価格580円(5.28ドル)もやはり日本の1.5倍で符合する。アメリカでは16710を買うお金でビッグマックが1,893個買えるが、日本では2,973個も買えてしまう。

ニューヨーカーにとって家賃の3.84ヶ月分がGMT-MASTER 16710のF番の価格である。一方家賃15万円の3.84倍では57万円、18万円の3.8倍では69万円。これがニューヨーカーにとってのGMT-MASTER 16710 F番の価格感というのがこの記事の、付加価値税や消費税を丸め込んだ乱暴な推測である。家賃ではなく、平均年収でもビッグマックの価格でも何でもいいが大体こんな価格に帰結していく。こうして比べてみたときに、円安デフレの日本におけるロレックスの価格感がべらぼうに高いことがわかる。ここからさらにスイス・ロレックスが設定した各国の定価についておかしいと思われることがあり、それはVAT(付加価値税)の扱いなのだが、長くなるので省略する。興味のある人はヨーロッパのロレックスの定価を調べてみるといい。VATが20%超えのヨーロッパの価格を。ちなみにスイスはEU非加盟国。

間違いがたくさんあろうが、感覚でとらえればじゅうぶん。今回の主旨は、我々が売り買いしているロレックスの価格感は世界の中でも飛びぬけて高いということ。「日本のロレックスは海外に比べたらこれでも安い」という記述をよく目にするが、それはロレックスが安いのではなく、日本の物価が安いに過ぎず、他の日本国内物価との比較ではひっくり返るぐらい高いのだ。欧米で収入を得て欧米で平均レベルで暮らしていればロレックスは日本で買うよりもはるかに安いと感じることができる。国内消費物価が今の1.5倍ぐらいになり、年収もやはり1.5倍になったとき、ようやく我々日本人は欧米の人と同じ、16710が110万円する世界を体感することができる。その頃、私たちは1,800円ぐらいのランチを食べ、3LDKで40万円ぐらいの物件に住んでいる。アジア諸国との比較までは手が回らないので興味がある人は、その国のロレックスの価格と、その他物品との比較をしてみると良い。私の勝手な推測だが、おそらくヨーロッパ人にとって都合の良いことになっているはず。

日本は2000年ぐらいからデフレ傾向にあるから、もう20年近くそこから脱却出来ていない。失われた20年はあまりにも大きい。少年時代に高度経済成長を、青年期にバブルを経験した私からすると、信じがたい停滞である。残念ながら日本はとっても貧しくなりつつある。日本という箱庭の中で生きていく分には感じないが、グローバルな世界に出れば痛感するはず。平均年収もそうだが、絶望的な少子化と高齢化社会、国の破滅的な借金、脆弱な年金制度、これらを鑑みると先行きは決して明るくない(お先真っ暗でもないけど)。面倒なので今回はもう書かないが、このデフレに加えて円安が大きな影響を与えている。対ドル110円の今の相場で、10,000ドルの時計を買えば110万円だが、円が80円なら80万円である。と当たり前のことを書いておく。今や世界はつながっているどころかがんじがらめだ。だから、「並行ショップが値を釣り上げて」はやめよう。時計の価格上昇が腹立たしい気持ちはわかるがあまりにも無知だ。

最後に、矛盾するようだが日本は今も世界3位の大経済大国で株価は2万円を軽くオーバー、企業の内部留保は過去最高。笑い話のようだが好景気の真っただ中にいる。庶民の生活は苦しいまま。もちろんこれは偶然でも結果論でもない。それが長い時間をかけて計画的に作ってきた(作られてきた)今の日本という国である。

隠されていること~高騰を続ける意味

各国の物価比較にマクドナルドがよく用いられることをご存知の人も多いと思う。マクドナルドは世界のあらゆる国に進出し、共通のメニューを提供しているからである。ロレックス本国スイスでのビッグマックの価格は約750円である。随分と高い。日本では370円。この数字から、スイスの物価は日本より2倍ほど高いことが推測され、事実マック(関西ではマクド)でのアルバイト時給はスイスでは2,000円、日本では980円である。スイスではランチ2,000円はざらだが、マックでのバイト代と比較すると別に高くはない。そしてスイスは収入も高い分、税や社会保障費も高い。

ロレックスの時計はそんな国で作られている。新型SSデイトナは11,800スイスフラン。スイスフランとドルはほぼ等価なので、円ドル110円で換算すると、スイスにおける新型デイトナの価格は日本円にして約130万円ほどである。日本での正規定価もほぼ同等の127万円。一見整合性が取れているこれって何かおかしくないか??

もう一度書くが、スイスでのビッグマックは750円、日本では370円。バイト時給はスイスでは2,000円で、日本はその半額。だが新型デイトナの価格はほぼイコール。

物価比較でこれもよく採用される手法、マックでのアルバイト代に換算してみた。スイスのマックでアルバイトした場合、650時間で新型デイトナを買うことが出来るが、日本のマックで650時間働くともらえる総額は637,000円である。消費税やVAT、所得税、社会保険料の違いなどをすっ飛ばして書いていることは承知しているが、それでもやっぱり何かおかしくないだろうか?

出かけるので今日の算数はここまで。それと、みなさん、台風には気をつけて。

久々に更新を

久しぶりの更新である。お店への訪問時の店長への言葉やメールにて「早く更新してください」のメッセージはたくさんもらっていたのだが、いかんせん「さぼり癖」というのはやっかいなもので、2月から桜やGW、梅雨までぶっ飛ばして今や夏真っ盛りである。時には「オーナーさんはご病気ですか」と心配してくれた人までいたようで、ありがたいやら恥ずかしいやら申し訳ないやら。すみませんでした。

ブログの記事は書いていないのではなく、むしろ定期的には書いていて、そうした書きかけの記事はたくさんあるのだが、商売をしているため公表できない(しづらい)内容が多くなり、ほとんどがお蔵入り・非公開の自分用日記状態とになってしまっている。個人の時代からどちらかというと自分を含む顧客の側を揶揄することが多かったので、例えば、正規店を日々回って時間を無駄にするなど何と馬鹿馬鹿しくもったいないことか、などと気軽には書きづらくなってきている。店のお客さんにも新しいデイトナが欲しくて実践している人がいるかもしれないので。いわゆる「忖度(そんたく)」というやつ。

病気と云えば、あながち嘘でもなく、だがそれが未更新の理由ではないので少々書きづらいのだが、「突発性難聴」というのになってしまい、左耳は中度難聴でよく聞こえず、かつ耳鳴りとひどいめまいに悩まされている。めまいはひどいと10時間ぐらい起き上がることはできずとても難儀である。3月にちょっと多忙な時期があり、ある日倒れた。文字通り倒れた。頭を上げると目眩で気持ち悪く結局7時間伏せっていたのだが、その日から左耳がアウト。以降はお医者に罹るも今のところ効果なし。難治病らしく、この半年ぐらいは少し仕事をセーブしている。

今日は復帰戦なので、過去記事をアップしてお茶を濁す。4月上旬に書いて下書きに入れていた記事。

一昨日、世の中は4月の新年度。例年より早かった東京の桜はピークを過ぎ、花粉なのかPM2.5なのかいつも空が霞む今日この頃である。4月は我が着用時計衣替えの季節。私にとっては少し残念なこと。ヴィンテージ時計は深まる秋までお預けだからだ。個人的な志向はヴィンテージ一本鎗で、この冬は古いヴィンテージをよく使った。それらは水でじゃぶじゃぶというわけにもいかないのでひとつずつ丁寧に拭いて収納。ここからは最強の旧型シード16600の出番。久々に付けたら重い重い。何かの罰ゲームのように重いが、これでも現行6桁に比べたら軽いほう。昨夜の帰宅時、駅を2つほど歩いて帰宅。途中で重さにはすぐに慣れた。この時計には何というか独特の存在感がある。やっぱりいいなあと再認識したのであった。

当店は委託がメインと思われているようで、特にそれを否定するものでもないのだが、実際には結構な「一般商品」があり、WEBに出す前に店頭で売れることも多いし、常連さんにご案内することもある。詳細は避けるが、結構な大物が売れていたりもする。いま「常連さんへご案内」と書いた。やはりこういう商売をしていくとありがたい常連さんというのができる。その人たちによって経営が支えられる側面は間違いなくあって、小規模なお店はどこもそうであろう。当店に時計を売ってくれるお客さん、買ってくれるお客さん。そしてうちを信用してくれて、またこちらもそうである良好な人間関係、これほどありがたいものはない。お金や損得だけではなく、「このお店をやってよかった」と思えるという精神的な意味も含めて書いている。モノや金をやり取りするのが商売だが、そのベースに在るのは結局人のこころとこころの触れ合いや交流であり、それは時計屋ではなく、例えば飲食店を経営しても同じことだと私は思う。皆さんの会社での仕事もきっとそうでしょう。

脱線した。話を戻すと、委託もありつつ買取り品や海外からの仕入れ品もそこそこある。平日しか空けていないし、私自身が滅多に店には出ていないのでこう書くのは何だが、やはりぜひ店に足を運んでいただきたい。入荷したばかりの品や、思わぬ掘り出し物があるかもしれない。そういえば先日委託で取り下げになったチュードルの79160前期型は買い取らせてもらって今は金庫にある。あれは非の打ち所がない個体だった。カマボコ(クロノタイム)は元々安価で取引されたモデルであったことと、ぶ厚くてぶつけやすいため、ケースが傷だらけだったり、ベゼルにぶつけた際のゆがみがあたっりする個体が多い。また裏蓋を開けてみてびっくり中がサビだらけという難のある個体も多いのだが、あれは文句のつけようがなかった。このあと更に歳月を重ねていくと、ヴィンテージ時計は個体によって大きな価格差が出てくる。理想的なセミ・ヴィンテージ。メンテの必要もなさそうなので近々HPに出す予定だが気になる人は早めに店に問い合わせを。(←売却済み)

たまには他のお店のことを。リベルタスさんで売っている「バートシンプソン」。あの文字盤の雰囲気、ロング5ベゼルの褪せ方など最高。あのベゼルだけで5桁・6桁の中古エクスプローラーぐらいは買えるのではないか。見れば見るほど惚れ惚れする。時計などどれだけ客観で語ろうが、最後は主観である。税込みだと300を超えるが決して高くない。決して高くない。と2回書いておく。あとはどこかの店のHPで良さげな赤サブを見かけたのだがどこだか忘れた。イルソーレさんで旧グリサブのG番が出ているが、やはり日本正規モノである。旧グリーンのG番は世界で日本正規にしかない激レアという見立てでほぼ間違いなさそうである。

冒頭に書いたように、ここ東京の桜のピークは過ぎた。本当に短い。近場だけだが、今年は時間を惜しまず見に行った。昨日の朝も、図書館に行く高校生の娘と一緒に歩いていたら団地の桜が風に吹かれて視界のすべてで花びらが舞っていた。きれいだねーと私が言うと、娘は「私は団子があったらそっちに行っちゃう。花より団子」と言ってけらけらと笑った。うんうん、若いうちはそれでいいんだ。何となくこのやり取りは一生忘れないのだろうなあと思った。

2018 sakura

駒カット

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この写真を見て何か気づいてもらえるだろうか?シード16600とチュードルの青サブ79190。そうである、そうである。ピンポン!ピンポン!と、待ち切れないので勝手に話を進める。ともに6時側のブレスが4駒しかない。5桁時代のロレックスのハードブレスは最大5つまでしか減らすことができず、これが細腕のロレ好きを悩ませてきた。手首が細い人の左腕を見ると、大抵は時計本体が手首の出っ張った骨がある向こう側にビロ~ンとだらしなく落ちている。これはみっともないし、ブレスもすぐに伸びる。

そこで駒カットである。これまで自己所有品をOHに出すたびにロレックスのカウンターでもずっとそれを薦められてきた。クラスプが手首の真裏にきた際に時計の文字盤は真上か、やや手前(顔のほう)に向くのが正しいと。6時側が長いと時計は顔のあっち側に行く。以前からシードは4駒にしたものを愛用してきたのだが、今回チュードルの青サブもOH時に駒カットしてもらったのだ。しかも、ややマニアックな話になるのだがオリジナルの巻き9315から無垢に交換しての駒カット。非常に珍しいチュードル78500のブレスなのだ。私はまさか78500が今さら入手出来るなど思ってもみなかった。さすがに日本には在庫がなくスイスからの取り寄せでOHに3ヶ月もかかったのだが、念願のチュードル刻印のハードブレスを入手できたのですっごく嬉しい。ポカ~ンの人も多いだろうが愚にもつかない話題なのでスルーしてもらって構わない。

ところで、駒カットとはリセールを無視した考えでもある。時計市場においてはオリジナルであることが最も重要視されるが、あるべき姿ではなくすという意味において、そして二度と元には戻せないという意味において、駒の切断は間違いなく時計のオリジナリティーを損なう。つまり価値が下がる。従って、売却のことを考えたら大きなマイナスであろうが、私は基本的には時計を手放すことをやめたのであまり気にならないのだ。気にならないどころか、その行為によってより時計を自分の側に引き寄せた気さえする。オイスタージャンキーの彼がサブの裏蓋に OYSTER JUNKY と刻んだのにちょっと近い感覚かもしれない。

いつか時計に興味がなくなったりバカバカしくなったりして手放す時が来るかもしれないが、それまでは出来るだけ手元に置いておきたいと思うようになった。人でも物でも、つながった縁は大事にしたい、年を取ったせいかつくづくそう思う。
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時計の思い出

本日、ショップのHPのトップに掲載したシード16600(すでにHOLD)は1年前の開業時の目玉として用意した懐かしい個体である。HPの左側で店名ロゴと一緒に写っている写真の被写体となった個体でもある。お世話になったありがたい方々を経由して今回戻って来てくれて、そして又旅立っていく。「時計は回るよ、ぐるぐると」である。

そして何を隠そう、この個体は実は過去に私が所有していたものだ。何年前のことだろう。燦燦と太陽の日差しが眩しいであろう地中海はコルシカ島のお店からこの時計はやって来た。向こうのイタリア人はとっても陽気な男で、メールの末尾はいつも「チャオ」。交渉の途中で彼はバカンスに入ってしまったのだが、そこでのきれいな写真を送ってきてくれるような男だった。この時計を思い出す時にはいつも、訪れたことなどないコルシカ島の真っ青な海と白い雲や波頭が脳裏に浮かぶ。おそらくは一生縁がないであろう地中海に浮かぶ島の景観をイメージとして届けてくれたのは「チャオ」の兄ちゃんなのだ。

時計には思い出がいっぱい詰まっている。だが、私に関して書くなら、その思い出の多くは購入時の人とのやり取りやふれあいであることが多い。私は国内外の時計ショップさんからたくさんの良い思い出をもらった。ここで書き表すことなどできないぐらいのお世話にもなった。この年になって時計屋稼業を志したのもそういう思いがベースにあるからだ。

V44シリアルのシードは帰ってきて又すぐに旅立つ。せっかくなので、もう一度書いておく。この時計はコルシカ島からやってきた。地図を見ると地中海のニースやジェノバの南方に位置する海に囲まれた大きな島だ。行ったことはないが、きっと地中海を吹き渡る風は気持ち良く、真っ青な海に太陽の光が反射してきらきらと輝いていていることだろう。楽園のような場所に違いない。この時計はそんな島からやってきた。

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まだコルシカにあった頃「チャオ」が送ってくれた写真

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