ヴィンテージ新説となかなかハマらないベゼルのはめ方について

私がこれまで書いてきた記事で実は密かに自慢に思っていることがあって、それはサブマリーナ1680は最初は赤サブのみで販売され、かつそれは1969年からだと言い切ったこと。それまでの定説はどちらかというと、赤サブは希少であり、多くの白サブが赤サブに書き換えられたのだとか、店のHPで1967年製の1680などという表記もあったりしたので、一応画期的であったと自画自賛しているし、以降も様々なサンプルでそのことを検証しているが、どう考えても正しそうである。1680は当初赤サブでのみ発売され、その初年度は1969年である。くどいので今どこからか下駄が飛んできた気がする。

で、今日は画期的な第2弾。たぶんほとんどの人が興味はないだろうが、やはりここは自分のブログなので公表しておく。

古いサブマリーナのベゼルに極太フォントのマーク1など存在しない。

さらっと書いたが、我ながら大胆である。ではこの写真は何なのだ。このブログでも何度か極太フォントを紹介してきたではないか。どう考えても太いではないか。有るものを無いと言い切るのはどういうことだ。では書いていく。

まず1960年から70年代にかけてのサブのベゼルには大きくわけて次の種類があるのが定説だった。
マーク1:極太フォント(スーパーファットフォント)
マーク2:ロング5(5の下のカギの部分が長い)
マーク3:まあまあ太字の最もポピュラーなベゼル
マーク4:80年代や交換パーツであるすべての数字が細字で4が台形。
*スキニー4という希少ベゼルは脇に置く。
写真の手前から奥に向かって、マーク1, 2, 3, 4 だ。
bezel rolex
(勝手に海外サイトの写真を拝借。すみません)

で、新説を披露する。レッドトップ以降の60年から70年代前期のサブのベゼルは基本2種しかない。マーク2(ロング5)とマーク3だけだ。マーク1は文字がただ滲んで太くなっただけ。どうだろうか。

いや、実はこれ、海外フォーラムの受け売り。まあそれを発見しがんばって翻訳した努力だけ認めていただきたい。一応自分で検証もした。たぶんこの説は間違っていない。私も前から不思議だったのだ。KISSING 4 のチューしている間隔が個体によってバラバラであることに。完全にくっついたディープキス状態のもの、チュッとフレンチキス、そしてほっぺの前で躊躇して止まっちゃいました、もある。これは一体何なのだと。簡単である。経年、紫外線、その他の外的要因と内的要因によって文字の部分が滲んだだけ。マーク1(極太フォント)というのは、マーク2又はマーク3の文字が滲んで太くなっただけ。ハイ、新説終わり。

最近特に面白いのがGMT(1675)のベゼル。コソコソといくつか買い集めた。何が面白いって、ベゼルを替えるだけでまったく違う時計に変身するのだ。ベゼルが3個あれば、1675を3個所有する気分になれる。本当である。以下に実例を示す。

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1675-4.jpg1675-5.jpg


どうだろうか。左上が元のベゼル。面倒なので2枚目以降はただベゼルを乗っけただけだが、違いがわかってもらえるだろうか(社外品も交じっているがご容赦)。個人的には下段の褪せたベゼルはかなりいい。だが、元のも悪くないし、気分で黒に代えるのも有りだ。こうなると前に紹介したフクシアベゼル(紫)も欲しくなるが、これはもうヴィンテージにドハマリの兆候以外のなにものでもない。困ったものだが楽しい。いや、実は困っていない。ただ楽しい。そして「色よ、褪せよ!」と、いくつかのベゼルを陽の当たる窓枠に置いていることを告白しておく。とりあえず東京オリンピックまではがんばろうかなと。アホである。ちなみに上の写真は自己所有の1675だが、神保町にはこれより数倍かっちょいいミラー&金彫りの1675が置いてある。軽く200万超えの個体だが、ご来店の折りにはぜひ見て行って欲しいとちゃっかりセールスしておく。特別にチラ見せ(実物はリベット付き)。

1675m-1.jpg


ついでに今日はベゼルインサートのはめ替えについても書いておく。これに苦労している人も多いのではないかと。実を言うと私が苦労したのだ。古い時計の一部は簡単にインサートがはまらないのだ。手ではめ込んでいっても最後にある一か所が浮いてしまってはめ込めないことが多い。あるベゼルインサートなど朝までかかってもはまらず、翌日は右上腕部がひどい筋肉痛になった。下記を見て欲しい。無惨である。押し過ぎて、斜めの山が真っ平らになったそれを。これ私は自分の筋肉でやったのだ。ちなみに海外から8万円も払って入手したマーク3。作業中に貴重なトリチのルミナスまで取れてしまったではないか。そう、はまらないインサートははここまでやってもはまらない。
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ある記事にムースの蓋で押し込むと良いと書かれていたので家じゅうの蓋というフタを探したのだがサイズが合わず、女房殿に41mmぐらいの蓋のムースをスーパーで買ってきてくれと頼んだら、あっさりと「いいよ!わかった」と返事をくれてから数週間音沙汰無し。アホらしくてスルーしたに違いない。そこでややサイズの小さい蓋を自分で見つけてきて(女性用のわきの匂い防止スプレー・笑)、それで上から押し込んだところ蓋がバキッと壊れた。コスト削減は駄目だろうと毒づいたのだった。ところがである。私は簡単にベゼルをはめ込む方法を知ってしまった。感動的なほどである。あまりにも感動的だったので簡単に書きたくない。興味がある人は下記のブログランキングを!って参加していないので仕方なく、もったいぶらずに書く。ペンチで挟む。わはは。簡単であった。パチンと。拍子抜けとはこのこと。3秒かからない。あの数日続いた筋肉痛は一体何だったのだろうか。そしてなぜ誰もそれをネットで教えてくれなかったのだろうか。

今日のまとめ。サブのベゼルに極太文字などない。ただ滲んだだけ。GMT1675はベゼルを替えると楽しい。ハマらないベゼルインサートはペンチを使う。

まとめたらこんな簡単に終わるのか。これもまた拍子抜け。ペンチではめたベゼルみたいなものだ。ということで今日は終わり。誰かの為になったことを祈って。謙虚にさらっと書いたけど、今回の記事は結構血と汗と努力の賜物であるのよ。
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2017年最初の更新

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、最近このブログが滞っていたのにはきちんとした訳があって、それは毎晩毎晩ヴィンテージの調べ物をしているからだ。これがもし受験だったら相当いい線を行くのではないかというほどに今の私は勉強熱心である。その情熱がどこから来るのか自分でもよくわからないのだが、少なくとも時計への思いを「買う」という行為にだけ向けていないのは健全だと思っている。日本には思った以上にヴィンテージ時計について詳細に書き記してくれているサイトが少ない。そのため、私がもっぱら参考にしているのは海外のフォーラムなのだが、海外のオタク度合はマジですごい。過去数年間のスレッドをたどれば、ほぼどんな疑問もそこで解決済みか、少なくともその糸口は示されている。当たり前の話だが、それはすべて英語、今は便利な時代で不明な英単語を右クリックすれば即座に意味はわかるのだが、さすがに肩は凝るし眼も疲れてしまい、とうとう更に視力が落ちて眼鏡の度が合わなくなってしまった。それが又肩こりを誘因するという悪循環。やれやれ。

で、夜な夜な何を調べているかというと、発売から今日までのヴィンテージ時計の変遷、それが自分のテーマ。品番が変わっての進化ではない。ひとつの個体が元はどういう形状やデザインであったか、そしてそれがどのように交換又は修復されて今日に至っているかを調べている。そこから見えてきたことがあるのだが、それはおいおいここで書いていくことになる。ひとつだけ書くなら、例えば1965年にサブマリーナを30歳で購入した人がいるとする。その人は1935年生まれだから今は80歳を超えているし、20歳で買っていたとしても70を超えている。そうなるとその世代の方は当然ネットの使用頻度はほとんどなく、こういうブログとかには書き記してくれていないので、その変遷の記録が極めて少ないのだ。それゆえ、それを辿るのは推理小説を読み解くことにも似ているし、限られた少ない書物から過去の歴史をひも解いていく行為にも似ている。そういった局面で大事なのは知識ではない。感性だと私は思っている。

ヴィンテージ市場において最も評価されるのはその個体がどれだけオリジナル性を保っているか(私は違う考え)。SがZだとか、裏赤、深彫りベゼル、針がどうとか、そこで語られる蘊蓄のほとんどはそうだ。だが、1965年に買われたサブは、夜光は焼けるわ、風防がプラだったせいで気密性にも乏しいわで、今とは違って数年で激しい経年劣化を起こし、幾度かのOHでのパーツ交換や文字盤修復(リダン含む)などはごく普通に行われていたと思われる。劣化しやすい針とブレスは当然だが、調べていくと意外と文字盤が交換されている個体がとても多い。おそらく昔はオリジナルではなくする行為を、「悪」又は「価値を減じるもの」と見なす考え方はあまりなかったのではないか。私の知り合いに年季の入ったコレクターがいるのだが、彼によると90年代頃はオールニューブームもあって、多くの人がこぞって手持ちを新しくしたという。手巻きデイトナの痛んだ文字盤なども。それがスモールデイトナだったりする。OHや売買の過程でキズだらけのベゼルや夜光の抜け落ちた針も又当たり前に交換したのではないだろうか。

オリジナル至上主義がここまで高まったのは2000年代に入り、ルミノバ夜光が登場、トリチウム文字盤とのアンバランスさが露わになったこと、更にはロレックス社がパーツの枯渇を理由にOHを拒否し始めたことが最大の要因ではないかというのが私の推論。つまりはその頃を境に、オリジナルを維持するのが極めて困難な時期に入ったと。

私は今は売る立場でもあるので、そういう変遷を推測しながら私なりの価値を見出だしていこうとしている。すべてがオリジナルで、かつ奇跡的な美を保っていれば、それはもう言うことなしだが、そんな個体は滅多にないし、あっても軽く数百万円の値がつけられている。そうではなく、当たり前にメンテされてきた個体をどう線引きし評価していくか、それが今の私の課題である。そのためには、まず元の形を知らなければならないし、そのバージョンも頭に叩き込まないといけない。そして手元に来た個体をどう維持又はメンテして次の世代へ引き継いでいけるか。個体によっては時計として限界に来ているスポロレはとても多い。

私自身の所有物もあれば、コレクターから借り受けているものまで、今私の手元には結構な数のヴィンテージロレックス(&チュードル)がある。同じモデルでもそれぞれまったく違う佇まいでそこに「在る」。比較的出来の良いものが多いので特にそう感じるのではあるが、それらは本当にすばらしい。そのため息が出るようなすばらしさを誰かと共有したいという欲求は私の中に確実にある。何度も書いてきたことなのでくどいがここでも書く。ヴィンテージ時計のすばらしさは世界に二つとないこと。工業生産物であるにも関わらずである。現行品だとそうはいかない。誰が買っても基本的には見た目も機能も同じモノ。だがヴィンテージでは、100個の5513はそれぞれ違う100の顔を持って私たちの前に現れる。何を選ぶか。そこで私たちは私たち自身が試される。その見識を、感性を、世界観をだ。

ベゼル、針、カレンダーディスク、竜頭、文字盤、レタリング…。50を過ぎて目をショボショボさせながら調べ物をしていてブログの更新が減っているのだという今日は言い訳。長年従事し今もやっている本業の「公」としての仕事がありながら、毎晩「私」として時計のことに費やしている労力と時間があまりにも無駄に思えてしまい、それなら一層のことそれも公私の「公」にしてしまえと時計ビジネスを立ち上げ、自分の行為に正当化を与えたのだということをゲロっておく。職業が先にあったのではない。先にあったのは情熱の方である、などとちょっと格好つけて久々&本年初の記事を終わる。結局のところ、現行もいい(新型デイトナやヨットマ・ダークロジウムは格好イイ)、5桁もいいし、ヴィンテージもいい。要するに時計はどれもが面白く魅力的である。2017年、皆さんの良き時計との出会いを祈り、そして私がそれを成しえることが出来たらサイコーである、よと。ああ肩が凝るし、腰も痛い、やれやれ(苦笑)。
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時を経るということ

私は法人として時計ビジネスを遂行しながらも、いまだ個人としての時計好きであることはやめていない。セラーでありながら、公私ともにバイヤーであり続けているし、これからもそうである。日々探し求めている。

個人としては今はヴィンテージ一本である。様々なヴィンテージを見て回っているが、その多くは経年により変化、いや劣化しており、どこまでを自分の許容のポイントとするか、それを計っている日々。単純な文字盤交換や明らかなリダンは見抜けるようになっているが、そういう「手を加える」という過程を経た時計は当初考えていたよりもずっと多い。おそらく昔は、パーツを交換することは今以上当たり前に行われていたと推測され、特に針と文字盤のラジウムやトリチウムによるそれらの焼けや変化は、今でこそ「ヤレ」として評価されるが、当時はただの劣化という認識として、修理やOHのたびに交換されてきたのではないか。針やケースの錆びによる交換ももまた然り。そうやって「お祖父さんの舟」はどんどん補修されていったのだ。

「お祖父さんの舟」。以前このブログで記事にした。あまり好評ではなかったように感じているが、ヴィンテージに向かうにあたって私にとってはエポックメイキングな考察だったことをここに書いておく。あれを通過することで私は自分の行くべき道が見えたとすら思っている。この記事⇒お祖父さんの舟

海にも出ないで後生大事にされてきた舟(ヴィンテージロレックス)はお宝として今や数百万円、時には数千万円の価値を持つが、そんな時計は稀であり、多くの古い時計は修復とカスタマイズ、そして売却のたびに繰り返されてきた研磨によって、原型からはずいぶんと違った風合いになっていて、それも味といえばそうだし、ただのボロイ時計と言うこともできる。

30年も40年も昔の商品がオリジナルの形で残っていることは稀有だし、そもそも磨かれていない新品時のケースやラグはどんな感じだったのかよくわからない。市場にある時計の多くは想像以上に変貌している。GMTマスター1675は私の大好きなヴィンテージ時計だが、余りにも多くの個体のシリアルと文字盤が合致しない。かなりの確率で後年の交換用サービスダイヤルが装填されているのだが、それが説明されていることはほとんどない。

そこで今日は40年前の世界に行ってみる。時は1977年あたり。私は14歳の中学生。高度経済成長の余韻の中、世は前年のロッキード事件で湧きあがり、キャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」と言って解散し、王貞治が756本目のホームランを打った年だ。下記の写真をご覧あれ。海外のフォーラムで紹介されているもの。発売当時、おそらくは1977年当時のGMTマスター1675である。

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どうだろうか。これは1970年代後半に発売されて以降、まったく手つかずの状態で2016年を迎えた奇跡の個体。感性は人それぞれゆえ強制することはできないが、私はこの写真と記事を発見したときに言葉を失くすほどの感動を覚えた。何と美しく素敵な時計であろうかと。ため息しか出ない。もちろん針とインデックスはほのかに焼けてはいるので、当初とは違うだろう。ちなみにベゼルは元々は黒だったらしく、それは別の写真で披露されていてほぼ褪色していない黒のままで、このペプシベゼルは所有者が交換して撮影したとのこと。だが私が見ていただきたいのは次の写真である。

そのラグである。痺れるようなこのエッジの美しさ。当たり前のことではあるが、1675にもこういう時期があったのだと改めて思う。

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そう、発売当初のGMT-MASTER 1675 はこんなにも格好良い時計だったのだ。この数年後に、夜光を流し込む作業を容易化するためのスポーツ系ロレックスのインデックスには縁が作られ、それは効率という名の進歩ではあったろうが、美的感覚から言えば多くの人はやはりフチなしに憧れるこの事実。70年代の時計ですらこうなのだから、漆黒のミラーダイヤルがGILT(金色)文字で彩られた60年代前半の時計はいかほどまでに素晴らしかったことであろうか。発売当時のその美しさはもはや想像を絶するほどだったに違いない。

おそらくは時計だけではない。カメラもオーディオもバイクも車も、それらの黎明期には技術者や職人の手作りにより、今とはまったく違う魂の入り方をしていたのではないか。コスト減と効率を重視していく文明の発展は確かに進歩ではあろうが、同時に人は何かを失うのだ。とても大事な何かを。

この写真のような状態を出発点として、時計は様々な人の手に渡り、様々な手を加えられて、今私たちの目の前に現れる。私たち自身が年を取り、経年によって変化、退化、劣化しても、我々もまたその青春期にはこのような輝きを放っていたことを思い出そう。相手もまた同様だ。そして、お互いに時を経て出会うことは素敵なことだ。かつての面影を感じつつも今この瞬間の相手(時計)を愛すること。言ってみれば、それがヴィンテージの楽しさであり、多少大げさに書けば「道」でもあるのだろう。

ヴィンテージはいい

実は私は今年に入ってからは完全なヴィンテージ好きに変貌している。70~80年代のチュードルのサブマリーナを3つほど購入し、夏前には念願のロレサブ5513を手に入れた。この5513は非常にすばらしく、ため息が出るほどである。まあ一目惚れと言って良い。情けなくもあるが、この歳(53)になって人間の女性(にょしょう)に惚れるよりはマシであろうと自分に言い聞かせている。どのぐらい気に入ったかと言うと、この夏一度も戸外で使わなかったほど箱入り娘化していた。私は汗かきであるし、夏は突然のゲリラ豪雨もある。それは酷であるゆえ、過保護に事務所の中でしか使わず、仕事の合間に眺めてはため息をつく。目元も口元もだらしくなく緩んでいたはずである。それでニヤニヤしながらセーム皮でフキフキしているのだ。82年製。フチ無しとしてはほぼ最終。私は焼けの強い個体は好きではなく、これもやや焼け程度。針にはサビも出ているが気にしない。ケースに傷多数だが気にしない。ブレスもやや緩いが気にしない。惚れた弱みとはこのこと。参ったな。

チュードルの94010黒。デイト無しのサブ。これも良い。チュードルにしては文字盤に痛みがなく、とてもきれいな個体。大体イカとかタコとかネーミングが悪過ぎるのだ。誰だ、こんなセンスの無い名前を付けたのは。海外ではスノーフレークである。雪片、雪の欠片であるよ。何と美しいネーミングであることか。だが、正直に書こう。どこをどう見ても私には雪のカケラには見えず、イカの頭にしか見えない。

これはアメリカから個人輸入した。賭けであった。ご存知のようにヤフオクのチューサブなどほとんどがパチ。はっきり書くことは控えるが、本物とわざわざ銘打って売られているチュードルサブの偽物も出品されている。私は結構な時間をかけて調べた。チューサブのフェイクはガワでそれと分かる物が多い。また危険なシリアルというものがある。乗せ換え、リダン、社外品、何でも有り、だからこそ選びがいもある。

これらをきっかけにヴィンテージの扉が開いてしまったようで、シード1665が欲しくなり、1016も欲しくなり、それどころか、オメガやブライトリングのヴィンテージにも目移りが。まずいな。昔、某ブロガーさんに「オイパペさんはヴィンテージに向いている」などと指摘されたが大当たり。こうやって泥沼にずぶずぶと浸かっていくのであろうか。いや参った。

ヴィンテージの魅力とは、前にも書いたがやはり経年変化による世界にふたつとない個体であること。そこで自分の感性が問われること。確かに若い時に入手した時計と30年もの歳月をともに過ごし、ともに変化(劣化)していくことこそが大道であろう。だが、突っ走る3年はだらだらの30年よりも濃密なはずだと信じたい。などとええかっこうしーなことをたまには書いておく。今回法人を立ち上げてわかったことがある。私は自分をかなりの年配者だと思っていたが、このブログの読者はどう若目に見繕っても、おそらく平均40代、もしかしたらそれ以上の、その、まあ何と書けば良いか…、平たく書けばおっさんばかりだった。だが皆の衆、ヴィンテージをスタートするにはまだ遅くはない。4桁には、5桁にも6桁にも無い魅力がある。ロレックスは経年変化を否定し、最早そうならない時計を作っているので、ヴィンテージと呼ばれる時計は4桁で終わる。その4桁の多くは、あと何年かで時計としての機能を失う。我々と似ているではないか(深読みしない)。だが、40, 50, 60, まだ遅くない。

5桁6桁の時計はほぼ数値化されている。114270の高年式なら40万円台後半、少し古ければ40万円前後。だがヴィンテージは違う。横並びで数値化はできない。その時計にいくらの値段がついていようとも、それは他人の付けた価格だと言い切れる。何度も書くが、その人自身の感性と美意識が問われるのだ。そこが面白く、そしてシビアなところ。それもひとつの道ではないだろうか。

今回の記事は別に法人でのヴィンテージ強化とかではない。あくまで個人的な領域の話。私の中ではそこはきちんとした境界線があるので、これからもそこははっきりと区別して書いていくつもりである。皆の衆、まだ遅くない。遅くはないが良い個体は年々減っている。行くなら急ぐべし!そして覚悟すべし。たぶん道は険しい。だが、たぶんその道は楽しい。

【追記】
と書いてアップした数時間後のド真夜中、ルンルン♪と5513の竜頭を巻いていたらバチっという手ごたえとともに時計が不動に。うわ!ゼンマイ切れだ。日ロレに持っていったら針交換間違い無し。道は険し、厄介なるかなヴィンテージ。涙、涙。いや、マジで悲しいぞ、これ。

チュードル&ロレックスサブマリーナ

オリジナリティーについて

一度だけ訪問したことがあるリベルタスさん。最近、同店の記載で「針は消耗品のため交換されていてもその価値は減りません」というのを何度か目にした。「針の色が文字盤のインデックスと合っているかどうかが大事、塗り直しもOK」と断言。さすがである。同社こそが日本のヴィンテージ市場のマーケットリーダーであるがゆえにだ。パーツすべてがオリジナルであることが好ましいという考え方を否定するつもりはない。むしろ正しいと思う。だが、もはや半世紀を経ようというヴィンテージ時計の更にこれからを考えるならば、どこかで考え方を変えるというか、許容の幅を広げていかないと今後の市場はどんどんと狭くなるばかりだ。何せ、時計はその多くが消耗品で成り立っている「精密機械」なのだから。

何度も書いてきたように、私について書けば、徹底したデザイン至上主義なので、個人的には針どころか竜頭や他のパーツが交換されていてもさほど気にはならない。私が気にするのは発売以来一度も手を加えられていないかどうかではなく、古い時計であっても視覚における色彩や形状のバランスがきちんと取れているか、である。従って、文字盤のインデックスは焼けているのに針だけが生白くルミノバに交換された個体を受け入れられないのは、それがオリジナルではないからではなく、色彩のデザインがあまりにもアンバランスだからである。又、チュードルのサブマリーナではオリジナルのデコボコ&ガビガビの文字盤をよく見るが、あれなら純正のきれいなサービスダイヤルに交換されている方が私には好ましい。

そういう指向であるから当然私はオールニューもリダンダイヤルも否定しない。古いオイスターデイト等における、宝石の付いていないブルーグラデーションダイヤルは過去ロレックスから発売されたことはないので、たまに目にするそれはすべてリダンだが、機会があれば手に入れたいすらと思っている。

オリジナルにこだわる考え方も、またそうではない考え方も、ともに個人の自由である。ただ、私は自分の基本的なスタンスというのは持つべきだと思っている。スタンスはポリシーと言い換えても良い。昔、私がまだ競馬をやっていた頃のCMで、「自分のスタイルを見つけると競馬はもっと楽しい」というキャッチフレーズがあった。これは至言で、あらゆることに通じる。自分のスタイルを持つこと、それは趣味における最高の自己追及&表現であり、またこだわりともなる。誰に惑わされる必要もない。世間に流される必要も、お店に踊らされる必要も、隣りの誰かさんの顔色を覗う必要もない。邪道と言われようが、自分の金と時間を費やしての趣味なのだから、ひたすら自分の好きな道をゆけば良いし、同じ意味において、私は他人が自分とは違う趣向を持っていても、それを批判することはしないし、したくないと思っている。色々な人がいても良いではないか。

「自分のスタイルを持つと時計はもっと楽しい」

亡き私の父は生前古いカメラをこよなく愛し、私ら家族に多くの写真を残してくれた。当時ですら時代遅れのごっついカメラをどこへ行くにも持ち歩き、家では頻繁に手入れしていた姿を思い出す。幼かった私がいじっても怒りはせず、フィルムを抜いていつまでも遊ばせてくれた。今でもあの硬質な手触りと、レンズを覗いたときに香る皮とメカ独特の匂いを思い出す。詳しくないのでモデル名はわからないが、普段は収納されているレンズ部を外に出す箇所が蛇腹になった古い仕様のカメラだ。父は登山とスキーをこよなく愛したので、数え切れないモノクロの山岳写真が実家のアルバムに収まっている。それと同じぐらいの大量の家族の写真もまた。古い道具を愛することは私にはとても人間らしい行為に思えるのだが、それは在りし日の父の姿が今も記憶にあるからなのかもしれない。

随分と話が逸れた。今日はヴィンテージのことをテーマにもっと掘り下げようかと思ったし、悪意ある上塗りや後乗せなどについても触れようと思ったが、書いているうちに面倒くさくなった(苦笑、すみません)。結論、人それぞれの自分のスタイルで楽しもうではないか。横目で他人の人生を覗き込み、それを羨んだり、その価値観を批判したり、又押し付けたりする必要もない。人はそれぞれの人生をそれぞれの価値観で生きているのだから。誰の人生も面倒なことや嫌なことが余りにも多く、思い通りにならないことだらけであろうが、だからこそ数少ない楽しみである個人の趣味ぐらい、人目や世間の常識に縛られずに、自分のスタイルで好きに楽しめばよいと思う。他の嫌なこと?それは仕方ない。自身の運命を受け入れ、独り歯を食いしばって乗り切るしかなかろう。人生なんてそんなもんだ。幸いあなたや私には最強の相棒がいるではないか。未知の世界へ挑む潜水士や冒険者という名の。左腕のこいつらとともに乗り切っていくしかない。

ロレックスのアンダーバー

私は1963年生まれである。気持ちは若いつもりだが、客観的事実としてはいい年である。その1963年というのは「こんにちは赤ちゃん」という歌が流行り、翌年に東京オリンピックと新幹線開通を控えた日本がアゲアゲだった時代。当然乳児の記憶はないので、物心がついてからの世界で言うならば、漫画や映画の『20世紀少年』で主人公のケンジやオッチョが少年だったのとほぼ同時代、ああ、いやいや、そんなことを書きたいのではなく、今日は誰もが一度は憧れるバースイヤーのロレックスについて。

私もご多聞に漏れず、バースイヤーのロレックスをずっと欲しいと思ってきたが、いかんせん私と同じで歳月が経っているためになかなか良い個体に恵まれず、たまに見つけても200万オーバーで手が出ない。そもそも古い時計が何年製であるかを確定させるのは、実は結構難しく、ある程度はシリアルと裏蓋で判断していくしかないのだが、私の生年の前後については、実にわかりやすいある指標がある。それがアンダーバーである。

アンダーバーというのは、サブにもエクスプローラーⅠにもデイトナにも、いやほぼすべてのロレックスに見受けられる、文字盤上の謎の一本線で、これはチュードルの薔薇サブにもある。そのアンダーバーは1960年の頭からの数年に製造された時計にしか存在ない。シリアルでいうと、6桁の8頭から9にかけてが多く、稀に7桁の1頭にもある。その位置は2種あり、上部のROLEXロゴの下のOYSTER PERPETUALの真下と、下部の2ないし3行(サブだと、OFFICIALLY CERTIFIED)の真下のどちらか。古いエアキングで、下部に何の文字表記もなく、ただ一本このラインが引かれている個体も見たことがある。

underline5513.jpg
<chrono24から写真を拝借>

そのラインが何を意味するかは諸説あってはっきりしないが、おそらくは危険物質を含有するラジウムからトリチウムへの夜行塗料の移行が関係しているのではないかと思われる。1960年代の初めまで、インデックスの針に塗布されていたのはラジウムで、文字盤の下部にはSWISSとだけ記されている。1964年前後からトリチウムを意味する“SWISS-T>25”へと変わる。

閑話休題。ラジウム文字盤は希少ではあるものの、ラジウム226Raの放射線の半減期は1600年と長く、いまだに発光する。20世紀前半の時計工場ではラジウムを塗布していた女性従業員さんたちが被爆して多くが亡くなっているが、これは筆先を尖らせるために舐めながら作業をしていたという。不幸な歴史である。

アンダーバーに戻る。推測されるのは、塗料をラジウムから基準値以下のトリチウムに変えた際に、まだ余っていたSWISS表記の文字盤を使い、そこに「これはラジウムではなくトリチウムを使っている」ことを表すためにラインを引いたのではないかという説を私は採っている。ダイヤルは金文字でもアンダーバーはシルバーであることが多いこともそれで説明が付く。ただ、その説に当てはまらない個体もあって、トリチウム表記なのに、どうもラジウムを使っているらしい個体もあり、はっきりとしたことはよくわからないということははっきりと書いておく。そもそもラインが上にあったり下にあったりする理由も意味もわかっていない。では、このアンダーラインは希少なものとして今の価格に反映されているかというと、それもない。ないないづくしで、在るのは、ただ一本の線だけ。シュッと。ある意味すごくシュールである。

このアンダーラインは不思議と私のバースイヤーである1963年製(シリアル9頭)に集中しているため、私は古い時計に出会うと無意識に一本の線を探してしまう癖がついた。

ついでに書くと、極まれにダブルスイスというのもある。このあたりになるとさらに訳がわからない。文字盤の最下部にSWISSがふたつ表記されている(下の金色のSWISSは小さくて見づらい)。写真の個体でも、アンダーラインと大きい方のSWISSだけがシルバーで他の文字はすべて金だということがわかってもらえると思う。おそらくは後から印字しており、夜行はトリチウムだと推測。これは本来印字する必要はないのに間違ってやってしまったとしか思えない。若い技術のアンちゃんはきっと終業後にデートの約束でもあって、気もそぞろだったのだろう。「あっ、やっちゃいました!」。「あ~ん?いいよ、いいよ、わかりゃしねえよ(by 上司)」。どこの会社でも見受けられる光景である(ない、ない)。

underline doubleswiss1675
<chrono24から写真を拝借>

と、そんなことを書きながら、私は大してそれらに興味があるわけではなく、まあそういうのもあるよということで今回はお終い。いつかは状態の良いバースイヤーのスポロレが欲しいのだということは書いておく。昨年末、知り合いが所有する60年代前半のサブマリーナ5513を手に取らせてもらったのだが、それはもうため息が出るすばらしさ。ミラーダイヤルに金文字、すでに完成されたデザイン、造りの精巧さ、丁寧な職人の手作り感…。60年代初期はロレックスの黄金期だったのだと改めて思わずにはいられない。

ノー・モア・ギャランティー

ロレックスに興味を持ち始めたわずか数年前と大きく変わったなと思えるのが、ギャランティーの高付加価値化である。今日、時計のお仲間さんから教えてもらった某ショップのギャラ付き5513は何と150万円である。ギャラがなければ90万円ぐらいであることを考えれば、ギャランティー代が50万円ということになる。わざわざ書くまでもないが期限の切れた無効な保証書である。

最近、6263手巻きデイトナでも、正規ギャラが付いて700万円台というのを見たが、そうなるとギャラ代で200万円とか300万円ということになる。出自が曖昧なヴィンテージ物のギャラの重要度が増しているという構図。そのくせ、ドレス系はギャラが付いてようがまったく値が付かない。あくまでスポロレに限られた話。例えば、1680赤サブだと、おそらくはギャラ付きで250ぐらい。ギャラ無しで120~140ぐらいが相場なので、下手したら倍付けである。わざわざ書くまでもないが期限の切れた無効な保証書である。

私はギャラはもう気にしないでおく。そうだ、そうだ、私は所有する赤サブに、まったく別の時計の、ただし年度は同じでシリアルがとても近いギャラをセットしてタツノオトシゴ箱に収納している。それでじゅうぶん。マジである。変態的コレクターの私がそれで満足した事実は大きい。騙されたと思ってやってみて欲しい。だいたい古い保証書を眺めることなんて滅多にないのだから。ちなみに入手先はebay, 1,000円ちょっとである。これが本物なら、時計価格にプラス100万円がオンされる。わざわざ書くまでもないが期限の切れた無効な保証書である。

ということで、私はギャラはなくてもよい。自分が気に入った時計であればよい。

【補足】
人はこうやって、言い訳しながら、自分を許しながら、もっともらしいことを書きながら、欲しい時計に一歩ずつ近づいていくのである(笑)。

時計どころじゃなくもなく

先週末はこのブログでの予告通り大人しくしていた。金曜日の夜は残業もせず、飲みにも行かず大人しく布団に入り、たまっていた外国ドラマ『ブレイキングバッド』を見て過ごす。土曜日は久々に馬券もやり、10万円ほど儲けたりして良いこともあり、日曜日の夜には症状も随分とおさまってきていた。月曜日の朝、梅雨の合間の好天。朝から気分がよく、出社前にシャワーを浴びてスッキリ。さあ一週間がんばろう!とフレッシュな気持ちで扇風機の前で身体をふいているときにくしゃみひとつ。はっくしょんと。

グキ・・・。

あれ?

痛いんだけど。。。

再発である。涙。

あの~、今回前より痛いんですけどー!痛いんですけどおおおおお!


無理して出社するも早退。その夜は簡単には靴下もパンツも脱げずはけず。風呂の脱衣場で、膝までようやく下したパンツを今度は下半身くねくねしながら足首まで落としていたら、偶然トイレに通りかかった中三の娘がその様を見て「ぎゃははははー」と笑い死に。

結局一晩寝返りすらうてず、トイレの時だけは死ぬような思いで立ち上がる。昨日も会社を休み、今日ようやく出社したのであった。ホント時計どころではない。

だが、ここは時計ブログなので時計のことを書かないとな。先日リベルタスさんでアップされた1016のブラウン。これなどはどうだろうか。ここ⇒リベルタスブログ 
ヴィンテージに詳しいわけではないが、私は1016のこういう枯れは理屈抜きに好きである。年季の入ったヴィンテージにはあまり魅かれないと前に書いたが、なぜか1016のブラウンダイヤルは好きみたいで。

決算前特価となっているせいか、その下の5513ミラーも安いのではないだろうか。その更に下の竜頭ガードのない5508ミラーについては知識がないのであえて言及しない。これらは仕事を休んでの療養中に仰向けになった状態でスマホで発見したのだったが、時計どころではなくもないじゃん、ちゃんと見てるじゃんと誰か突っ込んでいただきたい。そうなのである、腰が痛くても、それで会社を休んでも、やはり気にはなるみたいで。

お茶濁しの原稿で

前回、ヴィンテージのテーマはあと一回だけ続くと書いた。実際に書いたのだが読んでみたら面白くないので掲載はやめにする。前回の内容は、発売から時間が経ち過ぎて、そろそろオリジナルの針を維持するのが難しいのではないかというもので、今回はオリジナルパーツが減りつつあることをデイトナ16520のOH体験を元に書いたのだが、どうでもよくなってしまった(笑)。楽しみにしていた人などいないと思うが、もしいたら申し訳ないとお詫びを書いておく。

今日は普段あまり使っていない時計(デッドストックはもう一本もない)の竜頭を巻き、普段使いしている時計は水道水と液体石鹸でゴシゴシばしゃばしゃと洗った。赤サブ(オールニュー)も。ケースと裏蓋は交換して、OH通過、防水検査も通っているが、プラ風防とベゼルディスクがオリジナルで、そこからの浸水に少々の不安もなくはないが、まあ気にしないでおこう。それにしてもこの新ケースのゴッツイことは感動モノである(自画自賛を謝る)。これを手にしたら、もはやケース痩せしたヴィンテージサブには抵抗を覚えてしまう。研磨を全否定はしないがほどほどに。

時計はオリジナルこそがすべてだと考える貴殿に。間違ってはいないのだが、時計をじゃぶじゃぶ洗うというのは実に気持ちいいもの。40年以上も前のヴィンロレを心置きなくばしゃばしゃと洗えるのはオールニュー保持者の特権、いやあ、快感だなあ、わははと洗って、ついでに記念写真を。

某ショップさんの1665赤シード・デッド12,800,000円。家だって買えようかという値段。私がもし何かの間違いでこれを買ったならば(いつも妄想ばかりで恐縮だが)、買った直後の高揚感が過ぎ去ったあとは、楽しいどころか落ち込んでしまう気がする。それは虚無なのか自己嫌悪なのかはよくわからないが…。このショップさんではコンビ(確か)YGのエナメル段落ちデイトナ9,980,000円がSOLDになったばかり、金というものはあるところにはあるものだなと改めて思う。この赤シード、購入してシールを剥がしてブレス調整した瞬間に、8,000,000円分ぐらいの札束(=価値)が消えてなくなる。私たちの欲望を肥大化させていくと、こういうところにたどり着くのだとしたら虚しい趣味である。

「でもまあ自分には無縁な世界だ」と独りごちて、鼻歌を歌いながらじゃぶじゃぶランランラン♪

1680RED1.jpg

ヴィンテージ時計について2

前回の続きを少しだけ。一時期はそれなりにはまっていくつかのショップを巡った際にとても多くのマズイ個体を見た。マズイ個体などと書くと大仰だが、やはり“あれら”はそう記述せざるを得ない。針だけが生っ白いルミノバに替えられたアンバランスなヴィンテージ時計。みなさんもネットや実際のショップでよく目にするアンバランスな例のアレ。

おそらくは日本ロレックスでのオーバーホールにこだわった結果、半強制的に針を交換させられたものと推測される。あるいは深く考えずに日ロレに持っていき、よくわからないまま針交換を受け入れてしまった人もいるかもしれない。決して暴論ではなく、どうしてもその時計を手放せない事情や愛着があって、もしも針交換が不可避となる事態に直面したならば、私はダイヤルも一緒に交換した方がまだマシだと考える。それぐらいに焼けたトリチウムのインデックスと交換された白いルミノバ針は違和感が強い。はっきりと書くならば歪(いびつ)だとすら感じる。私なら絶対にノーだ。自分の時計がこうなるのも嫌だが、こういう時計を買うことはまずない。それぐらいに避けたい個体である。

5513.jpg

中にはまだトリチウム時代に針やダイヤルを交換した個体もあり、完璧なオリジナルにこだわる人はそれだってアウトだろうが、両者(針とインデックス)のバランスが取れていることが多いそれらのほうが私にはまだ好ましい。オリジナリティーよりもデザインや色彩のバランスを重視する性質である。

昨年末、日ロレにて我が1680のトリチウム針は何とか交換を免れた話は書いたが、たぶんギリギリのラインだったと思う。キズミがなくても針にややサビが浮き上がっていることはわかるので、多分次は交換となろうが、そうなると上に書いた問題に私も直面する。そして針と一緒にダイヤルも交換したならば、交換用ダイヤルに赤表記はないので私の赤サブは白サブになってしまう。ヴィンテージはそろそろヤバいと書いたのはそういうこと。現実に60年代のキャリバーのいくつかのOHは受付が終了しているし、ミルガウスや手巻きデイトナも同様だが、私が言いたいのはムーブメントのOH受付云々ではなく、針(特にそのサビ)がOHに耐えられない個体が多くなってくるのではないかという意味。これまでは何とか通っていたOHも、製造から半世紀近くを経た多くの個体がそろそろアウトになるのではないか。そうなると正規OHを通るヴィンテージ物はあのおかしな、針だけが白い、とてもじゃないが大枚を払えないフェースのものが増えてしまう。

前回も書いたように熟練者は自衛手段をいくらでも持っているだろうが、素人が入っていけない世界になりつつあることが問題。やはりヴィンテージは結構な局面を迎えているのだと思えてならない。このテーマはあと一回だけ続く。

本題と関係ないが、昨夜の地震は嫌な感じだった。3.11を思い出した人も多かったのではないか。大きな地殻変動の周期に入っていることを自覚しないといけない。自宅における水の備えはとても大事なのだそうだ。でかいのが来たら時計がどうこうなど言ってられない。そんなことが起きないことを願うが、地震大国日本では数年ごとにどこかで大きなのが来ていることは事実。備えること、油断しないことは大事である。
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