ミッションズ

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オメガの限定版には熱いのが多い。中でもこのミッションズシリーズは商品企画としてとても秀逸。合計23本のうちの1本は記念すべきスピマス1stのレプリカ、残りの22本にはアポロ、ジェミニ、スカイラボという各宇宙計画を象徴するイラストが文字盤左のインダイヤルに刻印された。合計23本が限定40セット。それらの時計には、ラグ裏に・・/ 40 の数字が刻印されている。各プロジェクトの飛行船は、無事に月に到達してミッションを達成したものもあれば、爆発炎上して失敗したものもあるが、挑み続けた系譜こそがNASAの栄光であり、そこに供給し続けたオメガの誇りでもある。収納ケースは宇宙服と同じ素材で作成されているという凝り方。殿様商売のロレックスはこういうことは絶対にやらないだろうしやる発想すら持ち得ないだろう。みんなが不快に思う品薄商売が関の山だ、となぜか今日は少々手厳しい。話をオメガに戻す。発売は1998年。こんなオモロイ企画をコレクターが見逃すわけがなくその40セットは速攻で売り切れたという。販売終了後は世界中から再販の要望があり、それに応える形で各モデルが150本限定で復刻された。こちらにはラグ裏に限定の刻印はない。たった150本であるから当然入手は簡単ではない。

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アポロのエンブレム。他にジェミニ、スカイラボ計画のエンブレムがある

22種のエンブレムはどれも個性があって面白く、好みが分かれるところで、かつセンスが問われる。ただでさえ入手困難な中でも、その22種にはやはり人気のランクというか、激レアなものがあって、これまで売られているのを一度も見たことがないモデルも多いし、モノによっては軽く100万円を超える値付けがされている。日本ではその状況を把握していない個人や店が安価で市場に出してたりするのが面白い。こういう現象は人気が行き渡ってしまっているロレックスではまず見受けられず、そういう意味でも他のブランドに目を向けるとこの趣味の楽しみはもっと広がる。まだ店に卸していないミッションズが何本か私の手元にあり、いずれ販売するが、激レアがあるのでお楽しみに。

せっかくなのでもう少しオメガの話題を。オメガの限定版が注目されているのは世界的な現象で、かつては比較的安価に入手できたアラスカプロジェクトや丸井限定あたりも2倍近く高騰してしまった。私はイタリア限定(下記写真)が好みで個人的にずっと欲しい欲しいと思っていたが、何せ500個限定なので滅多に売りに出ない。先般ようやく海外のショップで出て、その販売価格は130万円。eBayでは250万円。ここまで幅がある理由は数が少なすぎて相場を形成できないから。こういうのが本当のレア品というのだろう。個体によってはもっとアイボリーに変色しており、同じ白系でもどこか冷徹で剛な印象を与える三越限定やアポロ11号とは違って、柔らかみというか妖艶さというか、イタリア向けというだけあって何とも表現しがたいヨーロッパ的な美をまとった時計なのだと絶賛しておく。こういうのは個人的にも欲しいが、仕入れて売ることができたらちょっと鼻が高い。いやはや惚れ惚れするフォルムだ。「ロレックスだけが時計ではない」キャンペーン中。
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イタリア限定500個 アルビーノ 3593.20 手巻き
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道具の奴隷となるなかれ

予告したのになかなか記事をアップできずに誠に申し訳ないと思い、とり急ぎ今日はオメガ・スピードマスターについて。今後の射程に入れてもいいかなと思う人向けの記事であり、深い知識をお持ちの御仁には無用な記事であることをまず書いておく。

speedmaster 1back case straight


写真は自己所有の145.0022。いわゆるスピードマスター5thの最初期。1969年製造で、ご覧のように裏蓋に特別な表記がある。omega speed master straight writing というもので、ややレアなモデル。これはある伝手でフランス在住の御年70になるご老人(米国人)から譲ってもらった。1972年に新品購入して、1979年にサブ5513を買うまでのたった7年間しか使っていないというワンオーナー、フルオリジナル品である。ケースは傷だらけであり、プラ風防に大きな欠けがある。そこがまたいい。

私はここ1ヵ月というもの、この時計しか腕には巻いておらず、手巻きであるから毎日決まった時間、14時にジーコジーコと手で巻いている。使った感想としては、もう最高である。サイコー。それまでのロレ熱39度が微熱の37.5度に下がったほど。私はこの時計をこよなく愛し、帰宅してこれを外すたびに、決して大げさではなくため息をつく。格好いいなあ~、おい!、と。だが、この時計のどこがどういいのかを文才のない私が文章にするのはとても難しい。

今、それに挑み、30行ぐらいの分量を書いた文章をあっさりと削除した。やはりうまく書くことはできない。要するにカタルシスなのだ。浄化ともいう。この時計を所有することによって、私はようやくにして本当に時計を愛することが出来たとすら思っている。虚飾の向こうに突き抜けた思い。それ以上の言葉を今の私は持ちえない。誠に申し訳ない。

スピードマスターの基本は手巻きである。もちろん自動巻きもあり、何を選ぶかは当人の自由だが、スピマスの基本は手巻きである。スピマスには数えきれない種類のモデルがあるのだが、大まかに書けば文字盤にprofessional の記載があれば手巻き、automatic とあれば自動巻きだ。最初にスタンダードな手巻きを買うなら、3570.50 という数字を書き記しておく。まず間違いはない。そして念のために書いておくと、残念ながら私が経営しているショップに在庫はない。

大事なポイント。クロノ針がずれている個体が多い。だが、これはOHで直るので、あまり神経質になり過ぎなくてもよい。傷も似合う時計なので、私はそれもあまり気にしない。ブレスの伸びについても汎用ブレスに代えればよいし、上の写真のようにNATO ベルトという手もある。デッドストックで置いておく必要もない。どうせリセールは大したことはない。また、この時計には最終品番という概念もない。オメガは、オメガという会社が存続する間、ずっとこの同じデザインのスピマスを馬鹿正直に作り続けるはず。たぶん半永久的に。購入価格(30万円前後)に比べてOH代(8万円ほど)が高いので、壊れたら買い替えるのも手だ。そう、使い倒せば良い。つまり、細かいことを気にするなとこの時計は強いメッセージを発している。

ロレックスをはめた左腕を郵便ポストや自販機に突っ込むには躊躇したものだが、この時計はそういうことから我々を解放してくれる。たかが、時計に付く小傷。それは値段が違うからだと主張する人もいるかもしれないが、私はこの時計に80万円を払っており、私の中では成り立たない理屈である。ただの時計であり、ただの道具なのだ。道具ごときの奴隷になるなかれ。ギャラも要らない。古い時計のギャランティーなどは保証期間の過ぎたただの紙やプラカードだということに気づかせてくれる。

もちろん同じオメガでも、100万円を超えるイタリア限定とかを所有すると(もちろん所有していないが)、たちまち私もまた自販機には時計をはめていない右手を突っ込むのだろう。情けないがそう思う。こう書いていくと、自分が(個人の時計好きとして)、いかに時計のリセールに縛られていたかということを思い知る。つまりは損得勘定である。私たちは本当に時計が好きなのであろうか。少なくとも私にとってはそういうことを考えるきっかけとなった。マンズ・マンズ・ウォッチ。男の中の男の時計。この武骨な時計を腕に巻きながら、私は当分の間、そのことを考え続けるだろう。自分よ、オマエは本当に時計が好きなのか?

こういう時計を売りたいものである。不要な方はぜひ当店へ。だが買取りは安いぞ(笑)。あー、いやいや、ウソウソ、がんばる。ロレックスもいい。だが、他のブランドにも色々な価値がある。広げていくと、多分この趣味はもっと楽しくなる。そう思う。

追記:4月は忙しくて1日、しかもたった10分しか店に顔を出せなかったのだが、4月5日にオープン半年を迎えた。時計好きの人たちにとって、ちょっと気になる店という立ち位置を目指してこれからも地道に背伸びせずやっていく所存である。買っていただいた方、売っていただいた方、委託に出していただいた方、その他多くの方々に感謝である。ありがとうございました。

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人類の進歩と調和

私の幼少期というのは日進月歩で世の中が発展した時代で、その幼い頃の記憶にまだ豊かになる前の日本の風景をとどめている。例えば私の幼稚園から小学校低学年までの時期、私は何度も三輪のトラックやバスを目撃したし、道路などはメインストリート以外はまだ舗装もされていなかった。クーラーなどもなく、テレビもまだ白黒テレビ時代だ。ちなみに私は1960年代前半の生まれ。漫画『20世紀少年』の主人公たちが私より2つばかり上の世代と思われる。

当時の科学技術の進歩は目覚ましく、小学館から発行されていた「小学シリーズ」や学研「科学と学習」では、20~30年後の世界として、空飛ぶ自動車や人類が火星に旅行に行っているイラストなどが頻繁に紹介され、当時はまだ純真無垢だった私は、大人になったらきっとそういう時代が来るのだと思っていた。何より決定的だったのは1970年「人類の進歩と調和」を謳い大阪で開催された「万国博覧会」。アポロが持ち帰った月の石は、まだ決して豊かではない時代を生きていた少年時代の私に限りない未来を感じされたものだ。少なくとも私の周辺の世代は「輝く未来」を何の曇りもなく信じた。

1969年、人類は月に降り立った。そう今日はオメガ・スピードマスターについて書く。ライバルであったロレックスデイトナを蹴散らし、NASA公認の「ムーンウォッチ」の称号を得たスペシャルウォッチ。1960年代合衆国が打ち上げたアポロ計画。飛行士が着用するための時計として競争したのは、オメガ、ロレックス、ロンジン。何度やっても破損する2社を尻目にオメガは最強ウォッチの開発に成功する。21世紀の今、オメガはロレックスの後塵を拝しているが、1960年代のオメガは少なくともロレックスの風下に立つブランドではなかった。

マーキュリー計画の後、船外活動を予定するジェミニ計画と、最終的には月面歩行を目指すアポロ計画では、宇宙空間に出ても飛行士たちが使える時計が必要だった。1964年にNASAから発行された見積もり依頼の時計メーカーは以下。エルジン、ロレックス、ロンジン、ハミルトン、オメガ、ミドー、ベンラス、ルシャン・ピカール、ブローバ、グリュエン。最終的には、オメガ、ロレックス、ロンジンの3社がテストに選ばれる。宇宙空間では100度を超える寒暖の差がある。それ以外にも、気圧、湿度、酸素、加速、衝撃、振動、減圧など、宇宙空間における様々にして過酷な環境テストが始まる。ロレックスは早々に脱落。湿度テストで時計が止まり、高温テストでは針がゆがんで他の針に干渉してしまったという。その段階で次のステップに進むことはなく、ロンジンもまた高圧テスト中に風防破損、ロレックスと同じくクロノ針がゆがんでしまう。全項目のテストをクリアし、NASAから正式な採用通知を受領した時計は、オメガ・スピードマスターだけ。1965年のこと。これ以上の栄誉はあるまい。デイトナの冠にコスモ(宇宙)を配していたロレックスは、デイトナを早々にレーシング用時計へと、そのコンセプトを変更せざるを得なかったのだ。コスモグラフ・デイトナ。その名称には少し苦い敗北の傷跡がある。だが、その敗北はロレックスの糧になった。彼らはどんどんと進化を目指した。潜水士、飛行士、冒険者をはじめ、時計に様々なコンセプトを付与し、優れたデザインと性能で他社を圧倒していく。逆に、その栄光がオメガの足を引っ張ったと言えなくもない。「ムーンウォッチ(月へ行った時計)」、その栄誉があまりにも大きかったために、半世紀経った今もオメガ社はそこから脱却できず(あえてせず)、コンセプトもそうだが、何より良くも悪くも基本のデザインイメージをずっと同じまま踏襲し続けているのだ。

だが、私は思う。私のように子どもの頃に夜空を見上げて、宇宙に果てしない夢を持っていた者にとっては、やはりスピマスには夢がある。月へ降り立った勇敢な宇宙飛行士の腕で時を刻んだ時計。おそらく「時間」という概念は様々な解釈が可能だろうが、それが宇宙の営みと連動していることは間違いない。まだその100万分の1すら解明されていない広大な宇宙の中の太陽系。そこで営まれる地球の自転や公転、月の満ち欠けなどが、1日、1年、1月という「時」の単位を決している。

時計好きとして一本は所有してみようと思い立ち、少し前に古い60年代のものを入手した。ゴツくてずっしり重い。ロレックスにはどこか中性的な美を感じさせるところがあるが、スピマスはまさにman's man's watch 。男の中の男の時計だ。クロノグラフ&手巻き仕様にプラ風防。ベゼル、文字盤、インダイヤルはすべてブラック。漆黒のブラック。完成されたデザイン。これほどまでに精悍なデザインの時計はない。何と格好いい時計であろうか。何本も持つ必要はないが、一本は持っておいてよい。いや、時計を1本しか持たないなら何もスピードマスターでなくても良いが、複数持つならやはり1本は持っているべきだと今の私は所有してみてそう思っている。

1972年のアポロ17号を最後に人類は月の上を歩いてはいない。何だか夢がなくなってしまった今の世界。「進歩と調和」どころか人々は争ってばかり。いつしか少年は初老になり、空を飛ぶどころか、今も排気ガスを出す車で渋滞する夕暮れの街を歩きながら、そうそれは先日のこと、ふと東の空を見上げると、立ち並ぶビル群の遥か上にぽっかりと浮かぶきれいなお月様が。薄い雲や宵闇の星々とともに眺める月のきれいなこと。そして不可思議なこと。「あんなに遠くへ行ったのか…」、人間ってすごいなあと思った。スピードマスター。いつか人はもっと遠くへ行くのだろうか。それともこの数十年がそうであったようにいつまでもこの地にとどまり続けるのだろうか。人々が込めた思い。ムーンウォッチ。何ていい響きだろう。スピードマスターとはそんな時計だ。

さて、書き続けるとキリがないので、今日はここまで。次回、簡単にスピードマスターの歴史を書く予定。残念ながら神田神保町にスピマスは一本もないので悪しからず。これからがんばって仕入れたいとは思うのだが…。

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