今日の昼間のちょっとした話(臨時更新)

今日の昼間ジャックロードさんで起きたこと。どのぐらいの方がご存じだろうか。私も偶然であった。と書いても、そんなに大したことではないので、気軽に読み進めていただきたい。

今日家にパソコン用メガネを忘れて出社してしまった。だが今日はどうしてもやり遂げないといけないことがあり、仕方なくZOFFに買いにいったのだ。以前、作った際に当日仕上げてくれたその店へ行き、フレームを10秒で選び、「前と同じレンズを」とリクエスト。お金を払って30分待ち。カフェでスマホを見ながら時間潰し。

ジャックロードのHP。ロレックスの新着ばかり15点。その中に白と黒のエルプリデイトナ16520が並んでいた。白はEシリアルのまあどこにでもある逆6。1,388,000円。これは今も表示されている。そしてお隣の黒は何と4列表記の225タキ。前にきむー!さんが「滅多にない」と書いていた黒の225タキである。それが販売された事実だけでも個人的にはおおっ!と思うのだが、値段がその普通のE番白と同じ値段。同じ値段である。つまり130万円ほどの黒225タキが売られていたのだ。時刻は15時過ぎだっただろうか。

前にこのブログで白の225が欲しいと書いたくせに、これは黒なのに、色が違うのに、前日にこのブログでデイトナは断然白!と書いたくせに、恋人だとまで書いたくせに、アハハ!気付いたらコールしていた(笑)。当然だろうと今も思う。だが、通じなかった。何度かけても、というのは大げさ。何度かかけたが平日なのに誰も出てはくれず、この時点でもはや無理だとあきらめ、メガネを受け取り、建物を出たところでかけたら通じた。疲れ切った店員さんいわく、朝からその電話で鳴りっ放しとのこと。キャンセル待ちしても100%無理ですと。ああ、そうですかと電話を切ったのだが、多分記載ミスだったのではないかと想像する。ギャラは無しだったが、相場だと黒の225だったら250万ぐらいだろうか。いや、価格以前に市場に出てくることがほとんどないので、相場はよくわからない。

さすがに普段仕事中に時計のサイトを見ることはほとんどないので、メガネを忘れて来なければ今日のことも知らないままだったのだろうな。こんなこともあるのだなという話。記載ミスではなく意図的だったのなら、この時計を売却した人がかわいそうな気もする。文字盤が沁みやクラックでひどい代物だったのだろうか。だが説明文にはベゼルに小傷がありますとしか書いていなかった。もはや店のHPにも楽天のHPにも一切の痕跡はなく、まるで幻だったかの如く。そんなことが今日ありましたとさ。真面目に仕事に励んでいたロレ好きへのちょっとした報告である。再び、良い週末を!行く人は良い花見を!
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週末はデイトナを

この前ちょこっと普段使いの時計について書いた。基本的には赤サブ1680。これを毎日。文字盤と針、ベゼル以外すべて(ケース、ブレス、リュウズ、裏蓋、風防)オールニューとなったこの時計を使い倒すことにしている。月曜日の朝から木曜日の帰宅時まで。そして気持ちウキウキの週末金曜日はデイトナ白16520。これを翌土曜日いっぱいまで。日曜日は基本的には時計をせず、やや進み傾向の1680の時刻を修正して翌日の月曜日に備える。たまの旅に出るときはGMTマスターⅡ16710。ここ一番の勝負時はエクワン114270。

ということで明日はデイトナである。これが妙にうれしい。私は前回の記事で告白したように、元々きらびやかな時計は苦手。何度でも書くが、本当にこの時計は私には似合わない。申し訳ない気持ちすらしてしまう。ゆえに、L番のブレス78360シングルロックの中駒が鏡面ではないことは私にとっては救い。だが、デイトナはベゼルとブレスの中駒がキラキラするから美しいのもまた事実。矛盾しているようでそうでもないことは、前回の記事を読んでいただければわかってもらえるはず。ただ、何年製を選ぼうとも、5桁だろうが6桁だろうが、デイトナが似合う男はそうそういないぞと、これも繰り言になるが書いておく。それはファッションとの取り合わせとかではない。品性とか品格とかの問題。それぐらい秀逸なデザインだとつくづく思う。

このデザインの素晴らしさに最も貢献している(と最近個人的に思うようになった)のは、ど真ん中に真っ直ぐ王冠マークを貫く太く大きなクロノグラフ針の存在ではないだろうか。この基本的には動かないハンズが中心に鎮座していることのすばらしいさ。バランスの絶妙さ。眺めるたびにそう思う。

現行との比較では好き好きではあろうが、私はやや派手になった現行よりはエルプリの方が好みである。特に現行のデカくなった米粒のようなインデックスがやや苦手。インダイヤルの位置(現行はやや上に上がった)はどっちでもよい。

着け心地はサブやシードよりこっち。6桁のデイトナは着けたことはないので比較できない。色の人気は黒のようだが、私はまったく迷わず白。この時計は美しい。その美しさは私の中で純白の白でこそだ。毎週金曜日の朝、私はこの時計をするときにうれしくてちょっと照れる。そういう時計。週末の恋人。書いていて気恥ずかしいが、だから白。プッシャーからの浸水がおっかなくて私はこの時計を水洗いしたことは一度もない。サブやエクワンはジャブジャブだ。そのぐらい扱いが違う。

東京の桜はそろそろ満開。当たり前だが2015年の春は一度きり。みなさん、よい週末を!

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変わるものと変わらないもの

前回の記事は上手に書けていないのだが、何だか拍手をたくさんいただいてちょっとうれしかったり…。人は変わっていくものだから、将来はギラギラのデイデイトとか着けているかもしれないし、あれほどひどく書いた(ごめん)ニューGMTマスターⅡがひょこっと我が時計ケースに鎮座しているかもしれない。半袖のポロシャツ着て、銀座のチャンねー達に見せびらかしているかもしれない(ダサ)。

人は変わるのだ。

バーゼルのことは記事にしなかったが、まあ惚れた女がもっと金のある男が好きだと言っている図式。今のロレ子はもう我々のことは眼中にないのだからあきらめようぜ。脈のない女を追いかけるのはなあ…と50オヤジの呟き。

木曜日の夜からまた風邪を引いてしまい、今結構な熱が出ている。金曜日の夜に石橋凌のライヴに行くはずが熱でパス、そうしたら鮎川がゲストで出たって(涙)。この前、シーナさんが亡くなった。「俺はいま世界で一番悲しい男やけど、凌が電話くれて一緒にロックンロールしようち誘うてくれた」。ガーン。おいおいマジか。ステージに立ちよったと?風邪なんか引いとるから、こんなステキなシーンを逃すんじゃ馬鹿たれと自分を叱る。最近、年を取ったせいか、気が緩んでいるのか、週末に発病することが多い。私は熱に弱くて、すぐに39度とか出すものだから、そうなるともうつらくてつらくて。ベッドで横になってマンガでも読むとするか。マンガは好きである。一番好きなのは『迷走王ボーダー』。これはずっと変わらない。では、また次の更新で。良い日曜日を!(今回はそれなりに前回の補足である)

2種類のロレ好き

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この前、次回の記事は多分おもろいなどと自慢げに書いたが、今これを書き終えて読み返してみるとあまりおもしろくない(ガクッ)。いやはや申し訳ないと最初に謝っておく。今日は2種類のロレ好きについて。

ロレ初心者の多くは私もまたそうであったように、最初にエクワンやサブ、あるいはエアキングあたりから入り、GMTやらグリーンサブ、シード、ディープあたりをぐるりと回った後でデイトナというひとつの到達点にたどり着く。そこからは千差万別。ヴィンテージに行くもの、希少物へ走るもの、金無垢や別の雲上ブランドへ行くものも出てくるし、同じところをぐるぐると回る(同じモデルを何度も何個も買う)ものもいる。

その中で金無垢時計だけは私の理解の外にあった。私が最初にあれっ?と違和感を抱いたのは、少し前にロレブログでやたらと金無垢の記事を目にするようになった頃のこと。正直に書くと、「なぜそんなにわざわざ趣味の悪いことをするのだろう」と不思議に思ったのだ。自分のその感情に悪意や妬みはまったくなく、純粋に違和感というか異質さを抱いており、その異質さをずっと引きずっていて、最近ようやく気づいたのだ。私にとっては、大げさではなく、暗かった部屋の窓がバン!と開いた気分。そうだったのか!ようやくわかってきたゾと。

ロレ好きには、ロレックスや金無垢時計を外に向かって表現できる者と、そうでない者がいることに思い至ったのである。便宜上、前者を外交的自己表現タイプ、後者を内省的自己満足タイプに分ける。私は後者である。疑いようもなく後者だ。今日はそういう話。

実のところ私は人前でロレックスを露わにしたことがほとんどない。会社でも常にシャツの中。まず滅多に話題にも出さない。時計を人目にさらすこともない。私は大事な商談では絶対に見えないように気を遣うし、場合によっては胸ポケットに入れてしまう。以前、ちょっと気を遣うある目上の人との酒席で不覚にも見られてしまい、「それロレックス?」と問われ、前から用意していた答え、「いえ友人にタイ旅行のお土産で買ってきてもらったパチ物です」と。

はっきり書くと、私は自分のリアルな生活環境において、ロレックスをしていることを表明したり、また自慢したりすることを恥だと思っている節がある。恥というより多少嫌(いや)らしい、あるいはやや嫌味な行為だと考えていると書いたほうが近い。これは多分に私が成り上がり野郎だからだ。下流からやっと中流に成り上がった野郎だからだ。もちろん今の時代の話だから、家柄や血筋の話ではない。私は若い頃は常に金がなかったので。私の場合の“金がない”というのは財布や銀行に金がないのではなく、借りる金すらないという意味で、これは分かる人には分かるはず。分からない人はこんなことは一生分からなくてよいこと。

話を戻すと、ステンレス製のロレックスですらそうなのであるから、そんな私にとって金無垢など論外である。前にロレックスはデザインがすべてだと書いたが、金無垢時計はデザインの良し悪し以前にリアルでずっしりとした実体としての価値を伴っている。それはリッチであることの自己証明であると同時に他人への堂々とした自己表現でもある。私からすると、語弊があるだろうし、失礼を承知で書くならば、キンキラキンの時計をしている人を見ると「だ、大丈夫か?」と声をかけたくなるのだ。何というか、裸の札束を手に道を歩いているような危なさを感じてしまう。今は滅多に足を運ばないが、20代から30代にかけての10年間ぐらい夜な夜な歌舞伎町に出入りして酒を飲みながら賭博に興じていたので(マジである)、金無垢の時計などしていたら、下手したら2週間ぐらいで何らかの目に遭うという感覚を今も持っている。路上で脅し取られる、暴力とともに奪われるとかそういうこと。その感覚は50を過ぎても身についてしまっており、人間の凶暴性や暴力を目のあたりにしてきた経験から、私は終生金無垢の時計をはめることはない。それをはっきりと書いておく。ただ、そういう私自身の感覚や感性が一般的だとは思っていないこともまた書いておく。

元々宝飾品なのだから、金無垢であったり宝石が埋め込まれていることはおかしなことではない。時計が好きで、金ぴかの時計、それがYGだろうとPGだろうとWGだろうと、それを普通に着けられる人は、外に向かって自己表現ができている人。そしてそのことが自然におこなえる豊かな環境で生きている人。うらやましいが多分育ちも素性も良いのだと思う。そういう人は外からは全く判別が付かず、単なる当人の自己満足にしか過ぎない文字の違いがどうだとか、最終品番がどうだとか、225タキがどうとか、FAT4とかビッグスイスとか、全部意味なしであろうと思われる。時計をデッドストックとかもしないだろうし、付属品をこまごまと揃えたりもしない。この時代の緑タグの形状はどうだとか、箱のナンバーはいくつが正しいとか。むしろ、そういう基準で時計を買ったり、コレクションする意味がさっぱりわからないのではないか(わからなくてよい。そのほうが自然)。強引な論評だが、前者である彼らは赤サブや赤シードを買わない気がする。赤のライン一本で50万円、100万円違うことを受け入れないというか。彼らは純粋な時計好き。当然、そういう人たちの選択基準は個体重視。彼らは自分の金とステータスに合った宝飾品としてロレックスを選択しているのだ。正しいなあ。

私は駄目だ。根暗なコレクター気質満載(苦笑)。典型的な内省的自己満足タイプ。過去の記事を読み返せば一目瞭然である。変態的こだわり記事の何と多いことか。文章も変態的に長い。ああ。いやだいやだ(と書くほど嫌ではない)。

だが、いろいろな楽しみ方があってよいと思う。デッドストックも最終品番も個体重視も金無垢も何でも有りだ。転売で差益を得ることも批判しようとは思わない。女にモテたいというただひとつの理由でデイトナを買うのなら、ギャラなど要らないだろうし、極端に走れば、そういう人はパチモノでもOKであろう。ロレックスという大きな輪っかの中にいろいろな人がいて、いろいろな感性がある。ただ、結構自分とは違う考え方を許容しない人もいて、そういう人のブログを読んで、ずっと違和感があったのだ。「文字盤の違いとかにこだわる人もいますが、自分はいまひとつよくわからず・・・」的な書き方。これは当人は抑えているつもりでも、「下らない違いにこだわって馬鹿じゃねえの!」という強い感情が噴き出しているわけで、そういう人がキラキラの時計を買ったとかの記事を読むたびに、今度はこちらが「へええ!?」だったのだ。だが、今はわかる。一本のボーダーラインの向こう側の人だったのだ。逆にあちら側から眺めたら、GMTマスターⅡの3186を3つ持ってます(かつて)などという私のブログとか意味不明だったことであろう。ハハハ。みんな仲良くやれば良い。

さて、あなたはどっちだろうか。どっちでもいいことだが、自己表現型は間違った方向へ行くと、ひどい悪趣味へ走る怖れもあるし、自己満足型は女に持てない。これは前にも書いた。根暗なオタクは絶対に持てないのだ。さてあなたはどっちだろうか。真逆なので両方はあまりないと推測する(後者から前者に移る人は多い)。ロレブログを見ていると8:2ぐらいかなと。文字の違い、スティックダイヤルがどうとか、ビッグスイスがどうとか、こまけえ事を書いていたら大抵女に持てない後者。私と同類であるな。デッドストックとか、付属品に異常にこだわるとか、思い当たる?そしたらこっち(笑)。

もう一度書くがどっちも有りなのだ。ただ、自分との違いを否定しないことが大事かなと、それだけは強調したい。それが今回最も書きたかったこと。自分とは違うものを受け入れていく許容や寛容性はとても大事。趣味でも仕事でも人間関係でも。

最終品番への思い

今から35年ぐらい昔の話であるが、高校を卒業して免許を取ったら、どんな車に乗るか、これは私の世代では当たり前の関心事であった。私には中学生の時から心にしかと決めていた車があって、それはいすゞの117クーペ。イタリアのデザイナーであるジュウジアーロによる流線型のボディーと手造り感溢れる内装に惚れぬいていた。色はアイボリーかメタリックブルーと決めており、可能なら最上級種であるXE2000かその次のXG2000とも。ところが皮肉なことに高校卒業前に絶版。これはショックであった。しかも後継がピアッツァという、初期はもうダサダサのデザイン(こちらもジュウジアーロ)。もちろん高校を出てすぐに買えると思っていたわけではない。当時117クーペは新車で200万円超え。大学を出て働くようになったら自分で金を貯めて、いつか117クーペを新車で買うのが10代の少年の夢だったのだ。絶版によって、その夢が絶たれたショックは大きく、仕方がないので、もう新車が買えないのなら、いつか、5年後だろうが10年後だろうが、最新の中古つまり最後に絶版になった年度のものを買おうと心に決めた。

117クーペ


時計の最終品番を求める思いもこれと同じような感情からである。好きだったモデル(旧シード、旧エクワン、旧GMT)がディスコンになり、単純に最新の中古(最終品番)を欲しいと思うようになっただけのこと。もちろん何でもかんでもというわけではなく、当たり前の話だが、それがすごく好きなモデルであること。熱烈に好きなのにそれがディスコンでもはや新品で手に入れることはできず、かつ後継機種にデザインの歴史が継承されていないもの。

旧GMTマスターⅡ16710の後継である116710LNもBLNRも、デザインにおいて私にとってはもう別の時計であり、ストレートに書くなら私の好みではないゆえに私は旧型を求めただけのこと。エクワンも同様。現行のサイズが39mmになったことで、これもやはり違う時計であり、小ぶりでシンプルなスポーツウォッチであるエクスプローラーⅠの歴史は114270で途絶えてしまった(私の中では)。逆の例でいえば、ヨットマスターなどは5桁から6桁の変遷において外観の変化はほとんどなく、ゆえに仮に私がヨットマスターを欲しいと思っても、5桁最終番に対するこだわりなど持たない。“新しいものこそが最良”という事実に素直に従い、私は6桁の現行モデルを買うだろう。デイトナもサブマリーナー(あのゴツいラグには抵抗はあるが)もそうである。

だが、やはり工業製品なのだから、最終年度だからではなく、個体の善し悪しで選ぶのが正しいと多くの人は思うだろう。足しげく通った浦安の車屋のオヤジさんにもよく同じことを言われた。個体で選んだほうがいいよと。程度が良くて走行距離の少ない車を選ぶべきだと。時計も同じことである。個体で選ぶべきだ。まったくそう思う。だが青年の私も中高年の私も車と時計を入手するにあたって最終年式に突き進んだ。何が私にそうさせたのか?

あえて、このことを記事にしたのには訳があって、今回の文章は次回の結論の布石になる。次号予告、「2種類のロレ好きについて。あなたはどっち?」(笑)。自分で言うのも何だか、次回の記事は多分おもろい。更新予定日は週中の水曜夜あたり。

ついでに書くと、何台もの117クーペを乗り換えたあと、私はあれほどけなしていた後継のピアッツァ(ネロ・ハンドリング・バイ・ロータス)を購入し、117以上にその車が好きになり、それが私の最後の愛車となった。いつかあっさりと現行6桁に移行することだって大いにあり得るのだ。さらに書くと、10年以上前に車そのものに興味を失くして、そのピアッツァネロを手放した。ということはロレックスなんて馬鹿馬鹿しくなって、全部手放す日だって来るかもしれない。なにしろ人の心は移ろいやすいのだから。

すでに手放した旧グリーンサブについて

たまには所有していない時計のことでも書くかと思い立つも、書こうとして5分で挫折。やはり興味のないモデルについて書くのはしんどいしなあと。どのモデルについて書こうとしたかは内緒にしておく。そこで予定変更。今は持っていないけど過去に所有していた旧グリーンサブ16610LVについて書こうと決めた。これまであまり文章にしたこともなかったし、手放したとはいえ好きなモデルなので、この時計のことならすらすら書けそうである。何も無理して書くことはないのだが、書くことは嫌いではないので苦にもならず。

16610LVは1953年の初代サブから半世紀経った2003年にサブマリーナ発売50年記念モデルとして発売。ロレックスのコーポレットカラーであるグリーンをベゼルカラーに採用、インデックスが大きいマキシダイヤルと太い針が特長。海外ではThe Kermit と呼ばれる。2010年にディスコン。生産年が7年と短かったこともあり、将来的にはあまり出てこないタマになる可能性は高い。

過去に私が持っていたのは最終ランダム品番。2013年の12月のある夕刻、外で仕事が一段落つき、九段下のスタバでのコーヒータイム中にかめ吉さんのHPで発見、当時としては妙に値段が高い(65万円)ので電話したみたらランダムのデッドストックとのこと。悪い癖で現物を見ずにHOLDし、その足で中野に買いに行った(九段下から中野へは地下鉄東西線で一本)。電話するときに店外に出て高速高架の真下で、冷たい風に震えながら電話したことを今でもよく覚えている。当時はGMT、シード、グリーンサブ、エクワン、この5桁4モデルの最終品番は出てきたら狙い撃ちすべく身構えていた。そう書くとバブリーなイメージを持たれてしまうが、今と同様当時もこれらの最終品番は滅多に市場に出てこないものばかりで買いたくてもなかなか買えない状況であったことを強調しておく。逆に言えば、最終品番縛りで自分の欲望に歯止めをかけていたといえる。

それで、この時計を、結局使わないまま手放したのが数か月前。デッドストックは使えないな、やっぱりと。シール剥がした瞬間に20万円ぐらい値が下がるのだ。ケチくさいと笑わば笑え。それと一時期手持ちが増えすぎて、使い回せない状況となり、わざわざデッドストック品を降ろす意味を失った。最終といえば、旧グリーンサブにG番はないという人もいるが、前にも書いたように私はヤフオクで見た記憶がある。もちろん勘違いの可能性もあるが多分間違いないと思う。下記は今はないランダムシリアルのデッドストック。出荷国香港。ケースの中でGMTの青赤と隣同士で並べると色がキラキラときれいでね…ああ懐かしい。最終品番の完全デッドストック。足りない付属品はなく、ほぼ完璧だったが、思うところあってJFKの塩川オーナーに買い取っていただいた。

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文字盤のバリエーションについて。16610LVにはマーク1から8まである。もう転載してあれこれ説明するのは面倒なので以下にリンクを貼っておく。希少なのは何といってもマーク1、いわゆるBIG SWISS、FAT(FLAT) 4である。尖った4とBIG SWISS がマーク2、FAT4でSMALL SWISS がマーク3。後は面倒なので下記のサイトをご覧いただければと。
16610LVのマーク1他について

まあ、ささいなレタリングの違いについて、まったく興味がない人も多いだろうし、逆にこういうことに面白味を感じる人もいるだろうが、それはどっちでもよいことである。私は圧倒的にこういうことが好きであるということはこのブログからは隠しようもなく、いや隠してはいないのだが、とにかく大好きである。ただし、下らないとは思っている。「くっだらねえ!」と笑いながら調べるクチ。ロレックスに文字盤の違いがあることはもう定番化しているが、その中でもグリーンサブのレタリング違いは、その下らなさでも最上級に位置する。だって、SWISS MADEの表記が28分、32分の目盛より大きいか小さいかなどどうでもよいこと。だが、文化とはこういう下らないことの集積だとも思っている。ついでに書くと、GMTのスティックダイヤルというのも実に下らない(ハハハ)。だってもし「このGMTマスターⅡのⅡが離れたⅡでさあ、これがレアでいいんだよね」となどと恋人にでも愛人にでも語ったら、その瞬間に「この男見込みなし」とフラれる可能性大である。女房は貴殿に稼ぎがある間は我慢するだろうが、まあ心から軽蔑するであろうよ。黒がブラウン化したダイヤルが貴重だとか、黒ベゼルがブルーに変色したのがヤレているとか、こういうのも同じ。全部アウト。だが何度でも書くが、文化というものはそういう下らないものの積み重ねであり、所詮女子供には・・・。←この発言アウト。

ベゼルはライム、いわゆる黄色がかった緑に重きを置く人が多い。正確には黄色と緑の中間色。明確に下記のような色がそうなので、見た目がどこからどう見てもグリーン色をライムとはいわない。ヤフオクで「これはライムでしょうか?」と出品者に質問している人がよくいるが、「君の顔の眉毛の真下についている2つのものは何なのかね?」と突っ込みたくなる。ライムとはこういう色。色彩の好き嫌いを別にすれば、グリーンよりライムのほうが“いかにも初期!”という感じはする。ちなみに私は濃いグリーンの方が好みである。この写真は海外から引っ張ってきた。M番である。価格は110万円也。

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まとめると、FLAT 4, BIGスイスが人気で、その仕様はYの極一部とF、そして稀にD番にもある。ライムベゼルは初期だけではなく、いろいろなシリアルにも存在しているのだが、4桁のように経年や使い方によって変化するのかどうかは知らない。蛇足だが、この時計は屋外もいいが、屋内だとライトの加減で表情が変わり妙に妖しい光を放つ。それが私は好きだった。

中でも圧倒的に稀少なのはY品番の16610LV。Yの最後の最後、Y96以降にだけ存在するので数は相当に少ないだろうと思われる。何といっても1953年のサブ発売50周年記念の時計でもあるので、ギャラ日付が2003年のY番のMK1が大本命だと海外サイトに記載があった。外国のオタクは日本人以上に細かい。そうなるとハードルは高いが、そもそも持っていないし、これからも所有の機会はなさそうなので書いていて気楽なものである。希少好きの諸兄は、Y番、FAT4、ビッグSWISSをがんばって探し給へ。どうでもいい人は無視したまえ。

何といっても7年しか生産されていないし、現役時代はあまり人気がなかったので、その数の少なさも含めて、将来的には入手が極めて難しいものになる(価値が上がる)だろうから、持っている人は素直に喜んでよいと思う。別に売却しなくても所有モデルの価値が騰がることは誰だってうれしいことだから。つい先日、ONOMAXさんで最初期のY番のMK1ほぼ完品が約100万円で、JFKさんではF番のやはりMK1が90万円強で、ともに即売れしていた。ランダムのデッドを持っていたらよかったのにって?いや、そういう女々しい執着はない(キッパリ)。

例のイカリ(アンカー)はいつまで付属したか、確かF番の昔の箱の時代まではついていたと某元正規店のオーナーさんに昔聞いたことがある。2004年ぐらいまでかと推測。

手放したとはいえ、それでも私は今でも好きな時計である。前述したように、マキシダイヤルと太いハンズによって、鋭さはなくなった分、どこか愛嬌のあるフェイスになっていて、私はそこが好きだった。将来の買戻しは、う~ん、どうだろうか、結局一度たりとも腕にはめなかったので、休日に着けてみたい気持ちはなくはない。仕事ではつけられないけど、ものすご~くウキウキするような楽しい旅をすることがあったら、こういうカラフルな時計をしていくのもいいかもなと妄想する。ハワイとか、、、(飛行機苦手だけど)。海風に吹かれながら、夕暮れ迫るホテルのバルコニーで酒を飲む。テーブルに置いたこの時計のグリーンのベゼルにオレンジの陽光がきらりと光り、その向こうにもっとオレンジに染まる茫洋たる太平洋が広がっていたら絵になるなあと妄想。おっと、いけない。夜も更けた。今宵はここまで。明日は全国的に寒いらしいので暖かい恰好を。

近況

Nさんから、最近私のブログの執筆ペースが早いので読む楽しみが増えたとうれしいお言葉をいただく。そんなに極端に更新頻度が上がったわけではないし、これから又ガクンと落ちるであろうが、そう感じてもらえたのには少しだけ理由があって、それは今年に入ってから帰宅時間をほんのちょっと、50分ぐらいだが早めたのだ。23時半には帰宅するように心がけている。人生観にやや変化が起きたのだが、それは時計ブログのここで詳しく述べるのも無粋なので簡潔に。50を超えると、本当に切実になってくる。健康で趣味を楽しみ、人と語らい、好きに酒を食らいながら人生を語り合い、自分の足でどこへでも行ける、そういったごく当たり前のことが当たり前ではなくなる日が来る。誰にだって来る。それはいきなりの死や、だんだんと弱っていくことや病いやら、まあ色々な形でいつかは確実にやってくる。そう思うと、毎朝決まった時間に出社し、24時近くまで働いて、深夜に帰宅し、下手したら土日も働くような生き方は、そろそろペースダウンすべき時期かと思うようになった。36歳から15年近くこんな働き方。まだ見ぬ風景を見たいと思うようになった。読んでいない本や見ていない絵画、聴いていない音楽も。特にバッハはもっと極めたい。それらには時間が要る。これだけ好きに時計が買えることは、これまでのやや異常なまでの働き方による収入に支えられている部分も大きいのだが、それでも私は少しペースダウンすることに決めたのだ。2015年、今年の頭から。

それで少し早く23時半に帰宅し、30年続けている日課の腕立て伏せをやって入浴からあがるとまだ24時で、寝る時間である26時半まで何と2時間半も自由時間がある。たった50分早く帰宅しただけで劇的であった。2時間半あれば映画だって観られるし、ブックマークしたすべての時計ショップを巡っても時間が余る。これがちょっとだけ更新が増えた理由。

お蔭でいろいろなブロガーさんのブログを訪問する頻度も増えた。私はあまり人と交流してきていないし、これからもそのつもりだが、ロレ好きな方々のブログは大抵好きである。気ままに訪問したり自分で書いたりと、自由時間である2時間半を私は楽しく好きに使っている。

最近は購入機会はないし、気持ちもおさまっているが、欲しいロレックスがないわけではない。ただの憧れという意味では、別に隠すことでもないので素直に書くと赤シード。希少好きとしては200/225タキのデイトナ白。これらは、ともに200~300万円はするモデルであり、私は時計にそんな大金を投じることを(自分に)許していないので、多分買うことはなく憧れの時計で終わる気がしている。200万円、300万円を時計に投じることができるのは、間違いなく人生の成功者であり、間違いなく私はそうではない。あるいは手持ちを全部手放して、そういう時計に行くことも将来はあるのかもしれないが、今は手持ちの時計たちも大事。欲しい時計が数百万円レベルということで、私の欲望は“いい感じ”に行き場を失くして平穏に収まっている。もう少し正確に書くと、自分の気持ちを抑制するために滅多にマーケットに出て来ず、かつ高額な時計をあえてターゲットにしている、というのが正しい。5513あたりだったら、すぐにでも買ってしまいそうな自分がいる。

普段使いはオールニューした赤サブ。休日はデイトナ、旅にGMT。旧エクワンは休眠、この“盟友”はビジネス上において「エクスプローラー(冒険者)」にならないといけない勝負の時だけつける。何だかんだと彷徨ったあげくの今の到達点でもあり、しばらくはこのままでよいと思っている。今、高いし。。。

1959年製最初期GMTマスター6542

正木屋質店さんのブログに、とてもめずらしいGMTマスター最初期の6542がアップされたので載せておく。私はこの実物を見たことがある。以前エクワンを譲ってくれた知り合いのコレクターが所有していた。確かデイトの数字が偶数は赤字であったと記憶する。

この個体の価格は350万円。高いのか安いのかよくわからないが、こういうのって売られるだけでもわくわくする。1959年製ということは私よりも年長。写真を見る限り、ケースもまあまあだし、リベットブレスの状態も良さそう。当時の箱と50年代の紙製の緑タグと紐まで赤い赤タグ。ギャラ付き。備忘録として掲載。

GMTマスター6542
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