ヴィンテージ時計について2

前回の続きを少しだけ。一時期はそれなりにはまっていくつかのショップを巡った際にとても多くのマズイ個体を見た。マズイ個体などと書くと大仰だが、やはり“あれら”はそう記述せざるを得ない。針だけが生っ白いルミノバに替えられたアンバランスなヴィンテージ時計。みなさんもネットや実際のショップでよく目にするアンバランスな例のアレ。

おそらくは日本ロレックスでのオーバーホールにこだわった結果、半強制的に針を交換させられたものと推測される。あるいは深く考えずに日ロレに持っていき、よくわからないまま針交換を受け入れてしまった人もいるかもしれない。決して暴論ではなく、どうしてもその時計を手放せない事情や愛着があって、もしも針交換が不可避となる事態に直面したならば、私はダイヤルも一緒に交換した方がまだマシだと考える。それぐらいに焼けたトリチウムのインデックスと交換された白いルミノバ針は違和感が強い。はっきりと書くならば歪(いびつ)だとすら感じる。私なら絶対にノーだ。自分の時計がこうなるのも嫌だが、こういう時計を買うことはまずない。それぐらいに避けたい個体である。

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中にはまだトリチウム時代に針やダイヤルを交換した個体もあり、完璧なオリジナルにこだわる人はそれだってアウトだろうが、両者(針とインデックス)のバランスが取れていることが多いそれらのほうが私にはまだ好ましい。オリジナリティーよりもデザインや色彩のバランスを重視する性質である。

昨年末、日ロレにて我が1680のトリチウム針は何とか交換を免れた話は書いたが、たぶんギリギリのラインだったと思う。キズミがなくても針にややサビが浮き上がっていることはわかるので、多分次は交換となろうが、そうなると上に書いた問題に私も直面する。そして針と一緒にダイヤルも交換したならば、交換用ダイヤルに赤表記はないので私の赤サブは白サブになってしまう。ヴィンテージはそろそろヤバいと書いたのはそういうこと。現実に60年代のキャリバーのいくつかのOHは受付が終了しているし、ミルガウスや手巻きデイトナも同様だが、私が言いたいのはムーブメントのOH受付云々ではなく、針(特にそのサビ)がOHに耐えられない個体が多くなってくるのではないかという意味。これまでは何とか通っていたOHも、製造から半世紀近くを経た多くの個体がそろそろアウトになるのではないか。そうなると正規OHを通るヴィンテージ物はあのおかしな、針だけが白い、とてもじゃないが大枚を払えないフェースのものが増えてしまう。

前回も書いたように熟練者は自衛手段をいくらでも持っているだろうが、素人が入っていけない世界になりつつあることが問題。やはりヴィンテージは結構な局面を迎えているのだと思えてならない。このテーマはあと一回だけ続く。

本題と関係ないが、昨夜の地震は嫌な感じだった。3.11を思い出した人も多かったのではないか。大きな地殻変動の周期に入っていることを自覚しないといけない。自宅における水の備えはとても大事なのだそうだ。でかいのが来たら時計がどうこうなど言ってられない。そんなことが起きないことを願うが、地震大国日本では数年ごとにどこかで大きなのが来ていることは事実。備えること、油断しないことは大事である。
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ヴィンテージ時計について(&ライジングタイムさん訪問記も)

これを書いたのは先週の日曜日。一週間温めて(放置して)の掲載。

今日は好天の休日。ロレ好きの古い知り合いとやや早い時間のランチ&時計談義を。彼と交わした会話を受けて、今日は久々にヴィンテージ系のネタ。先日、“OYSTER JUNKY WEB”のことを書いた流れもあるし。ヴィンテージロレックスはそろそろ曲がり角ではないかという内容。自分で言うのも何だが、私はヴィンテージにハマる資格じゅうぶんだと今も思っている。現に今でも海外のサイトで読みふけるのも、ebayでの検索も、もっぱらヴィンテージロレックス。ひとつしか所有しないド素人の私が書くのもたいへんおこがましいが、私は今でもヴィンテージロレックスが大好きだ。だが、そんな私ですら入り込めなかった要因が、その曲がり角の向こう側にはある。

このブログで長大なサブの記事をアップした頃がヴィンテージにはまった時期のピーク、当時はヴィンテージに対する憧れのような気持ちにからめとられ、とにかく夜毎はネットで、週末は店を訪問して、変な言い方だが熱心に勉強していた。大阪のクォークさんに赤サブやミルガウス1019を見に行ったり…、そうそう!、記事にまだしていないが秋田のライジングタイムさんにも行ったのだ。まずい、忘れてたな。せっかく思い出したので、ちょっと寄り道をしてそのことを書いておく。

西に赤サブや赤シードが出れば行き、東にミルガウスがあると聞けば出向いてこれいくら?と、雨ニモ風ニモ負けていなかった昨年のいつか。いやもう、当時はあまりにも色々なところに行ったので、ひとつひとつを明確に覚えていないのだ。ライジングタイムさん訪問は赤サブ目的だった。秋田県の大曲まで行ったのだ。HPに100万円以下の赤サブが出ていて、実物を見たくなって金曜日の夜に東京を発った。当たり前だが秋田ってすごく遠い。東海道新幹線とは趣がまったく違う。ここはマジで新幹線が止まるのかというさみしい駅に夜中に着き、駅前には何もなく、さらに着いた宿がコンクリート壁むき出しで、窓がなく、ここはアジアのどこかかという侘しさ。バッグに金も入ってるし。書いていると色々なことを思い出すな。早く寝てしまおうとふとんを被って早々に就寝、翌朝に近くの定食屋から取り寄せてくれた500円の朝食、これがびっくりするほど旨かった。熱々の大きなおにぎりと味噌汁、鳥のから揚げとたまご焼きと漬け物。これだけでまた同じところに泊まりたくなるほど。どんな高級なホテルの朝食もかなわない。写真を撮り忘れたことが悔やまれる。それから歩いてライジングさんへ。季節が良かったから秋口ぐらいだっただろうか。お店の外観写真は確か撮ったので後で探してアップしておく。小さいがとてもキレイなお店であった。店長(たぶんオーナー)の佐藤さんとは、この趣味に顔を突っ込んだ最初の頃に、GMT16710Z番のキャリバー3186をここから買っている(通販)ので初めてというわけではない。HPで顔出しされているあの方。写真以上にインデックスの焼けが濃く、結局、その赤サブは買わなかった。他に…、ああ!ああ!思い出した。まあ、もう書くのはやめておこう(笑)。有名な大曲の花火は、このお店の2階からよく見えるらしい。その時期に是非おいでください、お酒でも飲みましょうとありがたい言葉をいただいたが、さすがにその時期に訪問して2階から花火を見るのは厚かましいなあと。お勧めの店である。

話を本題に、というか、今日はライジングさんネタにすればよかったと今は後悔しているが、流れでこのまま行く。主としてマーケットに出回る4桁は1960年代から70年代にかけてのモノ。これらは生産からほぼ半世紀が経とうとしており、やはりどうしてもメンテナンスの問題が大きく立ちはだかってくる。実際のところ手巻きデイトナやcal.1530系のサブ、ミルガウスなどは正規メンテ終了である。cal.1560(古いエクワンなど)も多分受付不可。熟練者はいいと思う。メンテのネットワークもあり、ある程度真贋を見抜く眼を持っている人は。ただ市場というものは新たな参入者がいないと、拡大しないどころか急速にシュリンクしてしまうもので、曲がり角と書いたのはそういう意味である。

私は自分で入手し、どうせオールニューするのだからと、赤サブのブレスを外し裏蓋も開けた。だが、私には真贋はおろか、ムーブをはじめとする個体としての良し悪しはわからない。社外パーツが使われているかもしれないことも含め、私のような初心者にとってやはり日ロレにメンテに出すというのは、古い時計にこそ必須のこととなる。それが受付終了となると…。高額だということもあるが、好きなデザインのミルガウス1019を完全に射程から外したのはそういう思いから。私には無理だなあと。多くの初心者や素人さんの多くは私と同じような感覚を持つのではないか、そしてこれから先どんどん取扱い不可の個体が増えていく現状に対して新しい層や世代が入ってくるのかどうか。私は今の価格感では厳しいと感じている。高いわ不安だわでは初心者は怖くて入っていけない。それだったらまだ5桁や現行のほうに向かうだろうと。

だが逆の見方をすれば、現行がバカみたく高価に、そしてやたらと豪華&華美になった今、ヴィンロレが大きなビジネスチャンスの時期を迎えていることも又事実。それを「ロレックス・ヴィンテージ組合」に対して声を大にして言いたいのだが、そんな団体が存在しないので仕方なくここで書いている。敷居や価格を少し下げれば、現行に飽き足らない(不満を抱く)層の流入が見込めるからなのだが、「一緒になって価格を上げたら駄目だべ、駄目じゃん」、と横浜風に。ついでに「一緒になって価格上げたらアカンやん」と大阪風にも書いておく。とても強調しておきたいこと。5513あたりが50万前後のマーケットを形成したら、そしてメンテの強固なネットワークを整えれば、ちょっとおもしろいのに…などと妄想。

ヴィンテージに詳しい人のWEBやブログはすごく面白いし為にもなるのが、初心者には難しいというか、ある前提をすっ飛ばしているために敷居が高いものが多く、私のような変態的な者がヴィンロレにはまっていって、あれやこれやの失敗談とともに経験を重ねていく過程をブログで綴っていけばそれなりに意義もあったと思うが、私は残念ながら入口から引き返してしまった。

それでも私にはいつか5512を入手してオールニューしたいという思いもある。理由はまだメンテもオールニューも受け付けているから。しかも、5513は駄目だが5512はフチ無しの文字盤で交換してくれる。それなら針も新しくする。そういう亜流でしか私はヴィンテージとは向き合えそうもないが、リベルタスさんでよく出てくるブラウンに変色した1016とか、すご~く欲しいという本音あり、あれだったらオリジナル維持だよなあと、また矛盾することを書いたりもする。要するに悩ましいのだ。こういう記事を下書きに入れて数ヶ月放置したら、その数か月後にはアップする気持ちが失せたり、気持ちが変わったりするというのが冒頭に書いたこと。予定以上に長文となってしまった。今日はこの辺で。

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ライジングタイムさん

人の心を

「オマエ、ツィッターじゃないんだから」と知り合いからお叱りを。ネタが無いわけではないのだが、最近モチベーションが上がらないというか、テンションが低いというか、ノリが悪いというか…。なぜだろうと自問すると、やはり多少腹立たしく、そして白けているのだと思える。何に対して?もちろんロレックスに対してである。今日は少し本音トークを。

正規店で買った時計の保護シールを顧客ではなく店がはがすだ?何だそれは?前にも書いたがやはりひどい話だと思う。長年世話になった店との契約もドンドンぶった切る。スポロレを買うお客はお客ではないと言いたいかのごとく、どこへ行っても陳列されているのはまるで嫌味のようにドレス系ばかり。徹底したブランディング。高級化志向。

はっきり書くが無理だな。天下のロレックスに私ごときが断言させてもらう。うまくいかない。所詮ロレックスはロレックスだ。確かに世界の富は一極に集中するだろうが、超のつく富裕な彼らが満足するブランドではない。所詮はスポーツ系でのし上がってきた中産階級向けのブランドでしかない。書いていて説得力の無さ全開だが(笑)、まあ気にせず進めよう。今日はたわ言、たわ言。

私に百億の資産が出来たら、労働者階級が憧れるブランドなど身につけないだろうよ。サブマリーナーとかを発売している(いた)会社などお断りだ。百億円とか三百億円とかの資産があったらであるよ。私が葉巻とかをふかして、いい物ばっかり食べるから太ってしまって、身体じゅうブランド品でかためて、ビル建てて、ミニスカートに胸の大きな、頭は悪いが体は良い秘書を雇って、フェラーリとかに乗るようになったら、ダサくてロレックスなどはめてられない。ジョーク。半分は。

ロレックス社に聞く。高級路線への変更は誠に結構なことだが、ところで路線変更後ヒット商品は出せたのか?シリアルをランダムとし、高級路線に変更してからのドレス系あるいは宝飾系のヒット商品は?あったか?聞いたことない。相変わらず売れているのは不本意ながらスポロレではないのか。それとも私の知らないところで、アジアや中東の富裕層の間で金無垢のデイデイトあたりが大ブレークしているのなら謝るが。少なくとも私は寡聞にして知らない。バーゼルで発表したキンキラキンの新作たちはどうなのだ??売れているのか?ウハウハか?

そして、何よりもあなた方が今作っている商品は、その売り方も含めて人々の心を豊かにしているのか?

先ほど、うまくいかないと書いたのは、何も金や儲けのことだけではない。個人も企業も生きていくために金はとっても大事だということは百も承知、だが間違いなくそれより大切なこともまたあるだろうと言いたい。

大衆性という言葉がある。その反対側に芸術性という言葉や高級性という概念もある。私は大衆性こそが正義だとずっと思っている。ヘミングウェイはそうだから偉大なのであって、ビートルズもまたそうである。全盛期の黒澤の偉大さもそう。高邁な評論家や一部の映画オタクにのみ支持されたからではなく、大衆に愛されてこその「世界のクロサワ」。商品だってそうだ。妖怪ウォッチだって何だって。大衆に支持され、その心を豊かにしてこその商品であり、作品であり、表現であり、ビジネスであり、極論を言えば、すべての社会的な活動はそのことにリンクすべきではないのか。働ける私たちはそのために働いているのではないのか???かつてのロレックスは正しくそうであったと、これもまた私は断言したい。大衆が真に憧れるすばらしいブランドであったと。前々回の記事の終わりに書いたのはそういうことである。腰痛がひどくちょっとつらい今日この頃。明日は花金だが、私は大人しくするぞ、と。みなさん良い週末を。

今日は

今日はつぶやき程度。

旧シードのV番が出て、以降も旧エクワンのG番、16520の200タキ、GMT16710のM番と立て続けに来て、今夜はZ3186。5桁の希少好きな私にとっては夢のようなラインナップ。JFKさん。

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写真はイメージです。

OYSTER JUNKY WEB

これを記事にするかどうかはずいぶんと長い間悩んだのだが-いや実はこれを書きながらまだ逡巡している-、思うところあって今回アップすることにした。あるHPが私に与えた影響の大きさ。もはやロレックスというブランドそのものが、あるいはロレ好きである私たち自身が失ってしまった何かがそこにはある。情熱といってもいいし、疾走感といってもいい。古いロレックスはこういう感性とともにあったことの喜ばしさ。自分もそうありたいという願い。もう更新されなくなって久しく、今さらこんなところで紹介されることを本人が望むとも思えず、ただ消すことなく放置していることはそういう意思の表れなのか、あるいは何かあったのでなければよいが、などと考えを巡らしてしまう。知る人ぞ知る“OYSTER JUNKY WEB”である。

世代的には私より10歳近く若い彼は1988年の15歳のときにロレックスサブマリーナー16800の魅力に取りつかれ、以後バイトに明け暮れ、1990年にサブを買いに香港へ、高校生である。何という早熟。予算22万円の彼は香港の現地人からサイクロップレンズ無しのサブを提示され、それを5513だと知らずに購入する。彼はその後アメ横で16610を、そしてebayでヴィンテージサブやシードを買っていく。

「サブマリーナー原理主義者は金無垢など買ってはいけない」、「狙うは正しく5513か1680であるべき」、「サブにはプロレタリアートこそが似合う」、などと過激な言葉が並ぶ。彼は購入したヴィンロレにオールニューを施し、裏蓋にこう入れるのである。“OYSTER JUNKY~”と。サブしかりシード(1665)しかり。その潔さ。WEBでは購入したロレの水没、ebayセラーとの物々交換(!)、オールニュー、裏蓋刻印、外装パーツの変更などをおもしろおかしく書き綴ってゆく。その文章の根底に流れるのは、言葉は悪いが、手に入れたロレックスをいかにして自分だけのモノに仕込んでいくかの物語といったらいいだろうか。

ヤフオクでロレックスを買うなんて怖い…、海外からの個人輸入でとんでもないまがい物をつかまされたら…、ヴィンロレはオリジナルこそ命…、人生において基本的にはリスクを避け、予定調和が人生の基本だと考えている人は一度OYSTER JUNKY WEBを読んでみるがいい。真似をする必要はないが、ここまで突き抜けないと至れない場所や境地というのがある、その事実を知ることは決して無駄ではない。

差益が出たら売却とか、いつか手放すことを前提とした箱入り娘のような扱いからは遠いその向き合い方。私が影響を受けたのはそこである。プロレタリアートにこそ相応しい4桁サブマリーナーを使いこなしていくこと、ともに時を刻んでいくこと、自分の物という証として外装のミドルケース、竜頭、ブレス等をすべて新調し、裏蓋に刻印を入れる。オリジナルのこだわりなど微塵もなく、希少であることに価値を見出さず、当時キムタクで大ブームのエクワンに目もくれないサブ原理主義者。あまりにも爽快で笑ってしまう。一読を強く勧める。私の赤サブのオールニューはこのwebとの出会いがなければ実行されることはなかった。

独白。ある日、私は愕然とした。オリジナルのままだったら、私はいつかこのサブを手放すだろうということを直感的に感じ取った瞬間があった。100万もの時計を私は簡単にまた飽きて何かと交換(下取り)するだろうと。こういった連鎖を断ち切らないと、私はずっと無明の闇で迷走していくことになる。そんなときに思い出したのだ、すべての自己時計にオールニューを施すサブ原理主義者のことを。今は心から感謝している、このHPとの出会いを。リアルな本人と出会ってはいないが、HPを通じて彼を知ることができたことを。

話を戻す。後半にいくと、多くの読み手にとって痛い言葉が並ぶ。彼ほどは突き抜けられない私やあなたの痛いところを突いてくるが、そこは真正面から受け止めて読むべし。例えばこんな言葉。「絶対的な『時計そのものの価値』の追求ではなく、相対的な『時計の比較』でしか価値を測れない空虚さ」。私や多くの人が逃れられないことの本質はこの言葉に凝縮されている。多くをここで語るのは野暮だ。リンクも貼らない。自分で訪問して欲しい。OYSTER JUNKY WEB。。。

つらつら考えると

最近の中では、といってももう何日も前のことだが、おおっ!と思ったのはJFKさんの114270のG番。こういうのは持っているのにオーダーしたくなるから困る。Gの後はやはり0から始まったのか気になって電話で訊こうかとも一瞬思ったが、迷惑な客だろうなと自制。G3~とか発見したらたぶん欲しくなるだろうが、こうなるともうリアルな時計ではなく概念の世界だなとつくづく思う。だが時計にうん十万円の世界は、もう実体だけで説明をつけることは不可能な世界であることもまた確か。どういう動機だろうとそれは人それぞれだし、だからおもしろいのだともいえる。

ここしばらく新しいロレを買っていないのは、ばくち打ちの感覚から、当分はケンと決めていたため。損得で時計趣味をやっているわけではないが、納得のいかない価格で買うほど裕福ななわけでもなく、渦中から離れると、こんな価格になっても買う人いるの?と、ONMAXさんの古いGMT16710が80前後で売られているのをみているとそう思わざるを得ない。U番のエルプリデイトナが150万???純粋にすごいなあと感心するが、すごいのは値付けではなく人間の欲望、強靭であるといってもいい。ロレ歴たった数年、未熟者の私は今回初めて体験した平成ロレバブル(と私は名付けた)で、とても多くのことを学ばせてもらった。

さて、価格はそろそろピークかと。高止まりするのか、下がるのかはわからないが、そろそろ価格は限界に来ているのではないか。バブルのときとは違って、景気の高揚感などどこにもない状況での異常な値上がり。これ以上は市場も嫌気が差すはずとみた。

休日の銀座を歩いていると、よその国の言語が飛び交い、潮目が明らかに変わったことを実感させられる。そういった新しい流れ(顧客)に向けて発売される新製品の価格はどんどん高くなっていき、良くも悪くもロレックスというブランドも変化していって、私が憧れる時計メーカーではなくなっていくのだろうから、だったら今の手持ち5桁を愛好していればいいかなというのが正直な気持ち。最近のロレックスの施すデザインと目指す方向に共感が持てないということは何度もここで書いてきたが、そのことは突き詰めると、ロレックスという今のブランドを愛しているのではなく、かつてこのブランドから発売された時計を愛好しているのだということに気付く。この自覚は確かな変化として自分の胸に刻んでおきたい。
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Author:オイパペ
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