よい年を

早いもので今日で今年も終わり。みなさんと同様、私にも色々なことがあった2016年だった。

12月は、人とお別れするときに、「よい年を!」、「よい年をお迎えください」などと挨拶をするが、年齢が50を越えてくると「良い年」など贅沢だなあと思えてしまい、「悪くない年」であればもう十分だとすら思う。決して謙虚なのではない。年を取ってから起きる悪いことって本当に悪いことだから。

それでもやっぱり、良い年を!

また来年お会いしましょう。
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時を経るということ

私は法人として時計ビジネスを遂行しながらも、いまだ個人としての時計好きであることはやめていない。セラーでありながら、公私ともにバイヤーであり続けているし、これからもそうである。日々探し求めている。

個人としては今はヴィンテージ一本である。様々なヴィンテージを見て回っているが、その多くは経年により変化、いや劣化しており、どこまでを自分の許容のポイントとするか、それを計っている日々。単純な文字盤交換や明らかなリダンは見抜けるようになっているが、そういう「手を加える」という過程を経た時計は当初考えていたよりもずっと多い。おそらく昔は、パーツを交換することは今以上当たり前に行われていたと推測され、特に針と文字盤のラジウムやトリチウムによるそれらの焼けや変化は、今でこそ「ヤレ」として評価されるが、当時はただの劣化という認識として、修理やOHのたびに交換されてきたのではないか。針やケースの錆びによる交換ももまた然り。そうやって「お祖父さんの舟」はどんどん補修されていったのだ。

「お祖父さんの舟」。以前このブログで記事にした。あまり好評ではなかったように感じているが、ヴィンテージに向かうにあたって私にとってはエポックメイキングな考察だったことをここに書いておく。あれを通過することで私は自分の行くべき道が見えたとすら思っている。この記事⇒お祖父さんの舟

海にも出ないで後生大事にされてきた舟(ヴィンテージロレックス)はお宝として今や数百万円、時には数千万円の価値を持つが、そんな時計は稀であり、多くの古い時計は修復とカスタマイズ、そして売却のたびに繰り返されてきた研磨によって、原型からはずいぶんと違った風合いになっていて、それも味といえばそうだし、ただのボロイ時計と言うこともできる。

30年も40年も昔の商品がオリジナルの形で残っていることは稀有だし、そもそも磨かれていない新品時のケースやラグはどんな感じだったのかよくわからない。市場にある時計の多くは想像以上に変貌している。GMTマスター1675は私の大好きなヴィンテージ時計だが、余りにも多くの個体のシリアルと文字盤が合致しない。かなりの確率で後年の交換用サービスダイヤルが装填されているのだが、それが説明されていることはほとんどない。

そこで今日は40年前の世界に行ってみる。時は1977年あたり。私は14歳の中学生。高度経済成長の余韻の中、世は前年のロッキード事件で湧きあがり、キャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」と言って解散し、王貞治が756本目のホームランを打った年だ。下記の写真をご覧あれ。海外のフォーラムで紹介されているもの。発売当時、おそらくは1977年当時のGMTマスター1675である。

1675-1-1.jpg

どうだろうか。これは1970年代後半に発売されて以降、まったく手つかずの状態で2016年を迎えた奇跡の個体。感性は人それぞれゆえ強制することはできないが、私はこの写真と記事を発見したときに言葉を失くすほどの感動を覚えた。何と美しく素敵な時計であろうかと。ため息しか出ない。もちろん針とインデックスはほのかに焼けてはいるので、当初とは違うだろう。ちなみにベゼルは元々は黒だったらしく、それは別の写真で披露されていてほぼ褪色していない黒のままで、このペプシベゼルは所有者が交換して撮影したとのこと。だが私が見ていただきたいのは次の写真である。

そのラグである。痺れるようなこのエッジの美しさ。当たり前のことではあるが、1675にもこういう時期があったのだと改めて思う。

1675-2-2.jpg

そう、発売当初のGMT-MASTER 1675 はこんなにも格好良い時計だったのだ。この数年後に、夜光を流し込む作業を容易化するためのスポーツ系ロレックスのインデックスには縁が作られ、それは効率という名の進歩ではあったろうが、美的感覚から言えば多くの人はやはりフチなしに憧れるこの事実。70年代の時計ですらこうなのだから、漆黒のミラーダイヤルがGILT(金色)文字で彩られた60年代前半の時計はいかほどまでに素晴らしかったことであろうか。発売当時のその美しさはもはや想像を絶するほどだったに違いない。

おそらくは時計だけではない。カメラもオーディオもバイクも車も、それらの黎明期には技術者や職人の手作りにより、今とはまったく違う魂の入り方をしていたのではないか。コスト減と効率を重視していく文明の発展は確かに進歩ではあろうが、同時に人は何かを失うのだ。とても大事な何かを。

この写真のような状態を出発点として、時計は様々な人の手に渡り、様々な手を加えられて、今私たちの目の前に現れる。私たち自身が年を取り、経年によって変化、退化、劣化しても、我々もまたその青春期にはこのような輝きを放っていたことを思い出そう。相手もまた同様だ。そして、お互いに時を経て出会うことは素敵なことだ。かつての面影を感じつつも今この瞬間の相手(時計)を愛すること。言ってみれば、それがヴィンテージの楽しさであり、多少大げさに書けば「道」でもあるのだろう。

レア物予告

ここ数日で手巻きデイトナをはじめ委託品が順調に売れてよかったよかったと胸をなで下ろしている。買い取り商品以上に委託品はプレッシャーなのだ。特に価格をあそこまで落としたヴィンテージのシード1665(HOLD)は売り切らないと駄目だと考えていただけに素直にうれしい。

近々、というか早ければ今日にでも5桁レアモノ3本を一気にHPにてアップする予定。レア好きな方はお楽しみに。併せてHOLDの規定を更新したので、「ご利用ガイド」ご一読をお願いする次第。

昨日は寒かった。もう12月である。何かと気ぜわしい時期。インフルも流行兆し有り、体調には気をつけてこの師走を乗り切っていただきたい。マスクと手洗いを忘れずに。
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