2017年最初の更新

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、最近このブログが滞っていたのにはきちんとした訳があって、それは毎晩毎晩ヴィンテージの調べ物をしているからだ。これがもし受験だったら相当いい線を行くのではないかというほどに今の私は勉強熱心である。その情熱がどこから来るのか自分でもよくわからないのだが、少なくとも時計への思いを「買う」という行為にだけ向けていないのは健全だと思っている。日本には思った以上にヴィンテージ時計について詳細に書き記してくれているサイトが少ない。そのため、私がもっぱら参考にしているのは海外のフォーラムなのだが、海外のオタク度合はマジですごい。過去数年間のスレッドをたどれば、ほぼどんな疑問もそこで解決済みか、少なくともその糸口は示されている。当たり前の話だが、それはすべて英語、今は便利な時代で不明な英単語を右クリックすれば即座に意味はわかるのだが、さすがに肩は凝るし眼も疲れてしまい、とうとう更に視力が落ちて眼鏡の度が合わなくなってしまった。それが又肩こりを誘因するという悪循環。やれやれ。

で、夜な夜な何を調べているかというと、発売から今日までのヴィンテージ時計の変遷、それが自分のテーマ。品番が変わっての進化ではない。ひとつの個体が元はどういう形状やデザインであったか、そしてそれがどのように交換又は修復されて今日に至っているかを調べている。そこから見えてきたことがあるのだが、それはおいおいここで書いていくことになる。ひとつだけ書くなら、例えば1965年にサブマリーナを30歳で購入した人がいるとする。その人は1935年生まれだから今は80歳を超えているし、20歳で買っていたとしても70を超えている。そうなるとその世代の方は当然ネットの使用頻度はほとんどなく、こういうブログとかには書き記してくれていないので、その変遷の記録が極めて少ないのだ。それゆえ、それを辿るのは推理小説を読み解くことにも似ているし、限られた少ない書物から過去の歴史をひも解いていく行為にも似ている。そういった局面で大事なのは知識ではない。感性だと私は思っている。

ヴィンテージ市場において最も評価されるのはその個体がどれだけオリジナル性を保っているか(私は違う考え)。SがZだとか、裏赤、深彫りベゼル、針がどうとか、そこで語られる蘊蓄のほとんどはそうだ。だが、1965年に買われたサブは、夜光は焼けるわ、風防がプラだったせいで気密性にも乏しいわで、今とは違って数年で激しい経年劣化を起こし、幾度かのOHでのパーツ交換や文字盤修復(リダン含む)などはごく普通に行われていたと思われる。劣化しやすい針とブレスは当然だが、調べていくと意外と文字盤が交換されている個体がとても多い。おそらく昔はオリジナルではなくする行為を、「悪」又は「価値を減じるもの」と見なす考え方はあまりなかったのではないか。私の知り合いに年季の入ったコレクターがいるのだが、彼によると90年代頃はオールニューブームもあって、多くの人がこぞって手持ちを新しくしたという。手巻きデイトナの痛んだ文字盤なども。それがスモールデイトナだったりする。OHや売買の過程でキズだらけのベゼルや夜光の抜け落ちた針も又当たり前に交換したのではないだろうか。

オリジナル至上主義がここまで高まったのは2000年代に入り、ルミノバ夜光が登場、トリチウム文字盤とのアンバランスさが露わになったこと、更にはロレックス社がパーツの枯渇を理由にOHを拒否し始めたことが最大の要因ではないかというのが私の推論。つまりはその頃を境に、オリジナルを維持するのが極めて困難な時期に入ったと。

私は今は売る立場でもあるので、そういう変遷を推測しながら私なりの価値を見出だしていこうとしている。すべてがオリジナルで、かつ奇跡的な美を保っていれば、それはもう言うことなしだが、そんな個体は滅多にないし、あっても軽く数百万円の値がつけられている。そうではなく、当たり前にメンテされてきた個体をどう線引きし評価していくか、それが今の私の課題である。そのためには、まず元の形を知らなければならないし、そのバージョンも頭に叩き込まないといけない。そして手元に来た個体をどう維持又はメンテして次の世代へ引き継いでいけるか。個体によっては時計として限界に来ているスポロレはとても多い。

私自身の所有物もあれば、コレクターから借り受けているものまで、今私の手元には結構な数のヴィンテージロレックス(&チュードル)がある。同じモデルでもそれぞれまったく違う佇まいでそこに「在る」。比較的出来の良いものが多いので特にそう感じるのではあるが、それらは本当にすばらしい。そのため息が出るようなすばらしさを誰かと共有したいという欲求は私の中に確実にある。何度も書いてきたことなのでくどいがここでも書く。ヴィンテージ時計のすばらしさは世界に二つとないこと。工業生産物であるにも関わらずである。現行品だとそうはいかない。誰が買っても基本的には見た目も機能も同じモノ。だがヴィンテージでは、100個の5513はそれぞれ違う100の顔を持って私たちの前に現れる。何を選ぶか。そこで私たちは私たち自身が試される。その見識を、感性を、世界観をだ。

ベゼル、針、カレンダーディスク、竜頭、文字盤、レタリング…。50を過ぎて目をショボショボさせながら調べ物をしていてブログの更新が減っているのだという今日は言い訳。長年従事し今もやっている本業の「公」としての仕事がありながら、毎晩「私」として時計のことに費やしている労力と時間があまりにも無駄に思えてしまい、それなら一層のことそれも公私の「公」にしてしまえと時計ビジネスを立ち上げ、自分の行為に正当化を与えたのだということをゲロっておく。職業が先にあったのではない。先にあったのは情熱の方である、などとちょっと格好つけて久々&本年初の記事を終わる。結局のところ、現行もいい(新型デイトナやヨットマ・ダークロジウムは格好イイ)、5桁もいいし、ヴィンテージもいい。要するに時計はどれもが面白く魅力的である。2017年、皆さんの良き時計との出会いを祈り、そして私がそれを成しえることが出来たらサイコーである、よと。ああ肩が凝るし、腰も痛い、やれやれ(苦笑)。
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