希少なるもの

昔から、楽器や車など、自分のこだわりの分野では常に希少なものを求めてきた。その稀少なものを求める自分の気持ちというものは、どれだけ分析しても、大した理屈に行き着くことはない。他人とは違う物、あまりかぶらない物が欲しいという単純な心理でしかなく、それ自体の是非を論じても仕方ない。自分はそうなのだというだけのこと。

他人とは違うものや希少なものは概して高価である。まだ若かりし頃、当時すでに絶版車となっていたいすゞ117クーペを4台も乗り換えた経験からそう断言する。ガールフレンドや友人たちからは、何でわざわざこんなにボロイ車に乗るのかとさんざんな言われ方をしたものだが、自分の趣味嗜好だから仕方ないし、だいたい他人の理解など、最初からこれっぽっちも求めてはいない。

酔狂という言葉がある。知り合いにオーディオに800万円かけている者がいるが、私から見れば実に馬鹿馬鹿しい。そう人のこだわりなど、大抵は他人から見たら馬鹿馬鹿しい以外の何物でもなく、それはロレックスを集めることも同様である。時計に何十万もかけている時点で、そのことに価値を見出さない人にとっては理解しがたく、馬鹿馬鹿しいことなのであろう。

例えば、仮に旧シードゥエラー16600を購入するとして、玉数の多いFシリアルを40万円で購入するのも、希少なVシリアルを探し出して60万円で購入するのも、時計に興味のない者から見れば、同じ馬鹿馬鹿しさでしかない。もし20万円安いことだけを理由に、V番を手に入れたことを笑うのならば、それは目くそが鼻くそを笑うに等しい。実際、時計に興味がない友人には40万円だろうが60万円だろうが、時間を知るための機械にそんな金をかけているだけでどっちも同じく馬鹿だといわれた。30年前の薄汚れた時計をアンティークやヴィンテージと呼んで100万円払うのも同じことだろう。趣味の世界は究極的なまでに個人的な領域なのだ。

40代になってからロレックスに魅了され、久しぶりに希少好きの血が騒いだ。そして、これだけ広く普及するブランドを所有するにあたって、少しでも人とは違うものを身に着けたいという、理屈抜きの内なる要求に応えるには、馬鹿高い雲上物に行くか、生産の少ないレアに走るか、アンティークに行くか、それほど多くの選択肢があるわけではなく、そのいくつかの選択肢の中で自分はレアに向かったということだ。

だが、自分にとって本当に価値あるロレックスとは何であるか。そのことをずっと考えてきた。ロレ沼という言葉があるが、自分の心をきちんと分析しておかないと、それこそその泥沼にずっぽりとはまってしまう。まるで塩水を飲むように、飲めば飲むほどノドが渇くことになる。

稀少なものへの憧れと最終品番へのこだわりが混然一体となって、旧エク1、シード、グリーンサブの最終品番を手に入れることとなったのは、これまで書いてきた通りだが、希少であることと、その個体が最終品番であることは、当然ながらイコールではないということに思い至りつつあるのだ。そして自分にとって本当に価値のある希少性とは何だろうかと思い始めたのである。何度か書いてきたように、このブログは情熱や衝動や陶酔という、なかなか言葉にできないことをきちんと言葉にしていこうと思って始めたものだ。

旧型エクスプローラーⅠやグリーンサブの最終品番の価値というのは、そのモデルが絶版である以上、それが欲しい人にとっては、最終シリアルこそが最も新しいものであるという価値による高値であって、時計そのものの希少性とはまったく別物であろう。将来、もうアンティークに近くなったら、MもVもGも、もうミソもクソも(汚い表現で申し訳ない)一緒くたの値段になると予測する。西暦2023年頃に114270や16610LVの最終品番に価値があるとは思えないのだ。それは自分の行為への否定でもあるので、多少の痛みを伴う考察でもある。

今年になってから、自分の所有物の中で最も大事なロレックスはどれだろうかと考えてみた。あまり迷うことなくフルーテッドベゼル仕様のオイパペ116034とシード16600であろうか。

116034は最終品番でも何でもないが、このやや小ぶりなケースときらきらベゼル、そしてシンプルなホワイトバーと黒文字盤、これらの組み合わせによるデザインが理屈抜きで好きであり、前に書いたように自分のベストウォッチである。

シードはスポーツ系にはあまり興味がなかった自分にとって、新しい扉を意開いてくれた時計で、ロレックスという会社が威信を賭けて作ったその拘りに魅了された。スペックでは後継のディープシー116660のほうが遥かに上なのだが、自分にはあまりにもデカ過ぎる。旧シードは2007年にディスコンとなって、多くの人がM番を最終だと判断し、中には将来の高騰を見込んでM番を買い込んだ人もいたというが、極少数だけV番も発売された。そしておそらくは日本正規店には入荷しなかった(推測)ことから、市場に出てくることは滅多にない。長く生産されたこのモデルの最終品番を所有できたことは、ささやかではあっても素直にうれしいことだった。

市場に出てこないという意味では、GMTマスターⅡの16710も同様で、このモデルは、最終品番M(とZの最後半)だけはそれまでとは違う次世代ムーブメント3186の搭載が報告されており、これも個体がひじょうに少ないためにやはりかなり希少な時計といえる。旧シードも旧GMTマスターⅡも、大量に生産されたモデルであるがゆえに、最終品番への強い憧れが自分の中には間違いなくある。また3パターンのベゼルはどれもが個性的で、特にこのモデルは後継の116710のデザインがあまり好きではないだけに、いつか手に入れられれば、やっぱり素直にうれしいだろうなと思う。

まるで悟ったかのような書いているが、まったくそんなことはなく、今回の文章は結構な時間をかけながら書いていて、ずいぶんと迷走しながらもようやく自分でも少しだけ整理できるようになったばかりである。

最初期に購入したエアキング114234、オイパペ日本限定116000。未使用のまま保管状態の旧エクワン114270と旧グリーンサブ16610LV、そしてガンガン普段使いしたサブノンデイト14060Mを眺める。まだぼんやりとした感情でしかないが、リリースしてもいいかなという気持ちが初めて芽生えてきた。結構な投資ではあったものの、70%ぐらいでは売却できるはず。

本当に自分が好きだと思える2つの時計を使い回しながら、GMTマスターⅡ16710のZかMでもゆっくり探し、新たなロレックスへの旅に出るのもよいかと、そんな風に思える今日この頃である。
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