世界の二極化とロレックス

バーゼルでの発表から数日が経ち、これまで漠然と思っていたことを記事にしてみようと思い至った。普通に生活していると、世間のことを俯瞰するのは難しい。自分が大した激流の中にいるとは感じないものだが、実はこの10数年、世界はとてつもない変革の真っただ中にいるのかもしれない。

80年代に多くの共産主義国家が崩壊し、米ソの雪解けによって、世界はようやく調和に向かうと思われたが、次にはキリスト教とイスラム教との対立が顕在化、欧州各国では失業率が悪化、通貨危機が勃発して経済は破綻寸前、そしてアメリカでは9.11とリーマンショック、経済大国日本が退潮していく一方、中国やインドなどアジア新興国の台頭…。世界が大きく変化していく過程で、世界を根本から変えたインターネット革命が起きて、従来の価値観が根底から覆ったと。

ロレックスが明らかに変貌していったのはほんのここ数年のことだと認識しているが、最大のトリガーとなったのは、ここで何度も書いてきたように世界の二極化だと思えてならない。私たち日本人にはどこか世の中というものは歳月の流れとともに、次第にみんなが豊かになり調和に向かう、つまり少しずつでも発展していくのだという幻想があるのではないか。事実、戦後の日本は確かにそうだったから。豊かになり、便利になり、清潔になり、安全になった。だが、それがずっと続くというのは幻想でしかなかった。90年代半ばにあの超絶的なバブルが弾け飛んで以来、失われた10年、いや20年といってもよい長いトンネルに入り、その間にかつては就職ランキングで上位だったソニーやパナソニックなど、大企業の多くが業績の構造的悪化にもがき苦しみ、凄まじい勢いで国際競争力を失っていったことは周知の事実。

現在の日本の貧困率(相対的貧困)はヨーロッパと比較すると驚くほど高く、約16%(!)である。これは先進国の中で悪い方から4番目ぐらい。ヨーロッパは平均しても10%ぐらい。北欧は約5%。いつの間にか、こんな国になっていたのだ。この国の若者の失業率や離職率は驚くほど高く、そして働いていても非正規雇用の率が高い。それは中高年にまで及び始めている。ご存知の通り、日本は少子高齢化の波にさらされていて、年金問題も不透明、はっきり言ってこの国の将来は決して明るくはない。

経済的な停滞や苦境は何を生むか。二極化である。その国の限られた富を、何らかの権力や権益を有するごく一部の者たちが中間層や貧困層から吸い上げにかかる。通貨危機に陥ったギリシャがよい例で、ほんの一部の超富裕層が白亜の豪邸に住み、しっかりと防御された塀と警備システムに守られ、国家の富のほとんどを独占した。国民の大多数は高い失業率に苦しみ、その日の生活もままならない。まして欧州には移民問題もある。そして貧困は犯罪の温床を生むという負の連鎖におちいる…。それが国家単位ではなく、地球規模で起ころうとしており、日本もまたその大きな波に飲み込まれ、ゆっくりとその坂を転がり始めたところである。

これから世界はさらに二極化に向かう。多分全人口の数%のごく一部のすさまじく富める者と、大部分を占める貧しい者とに。前者が世界の富の大半を独占する異常な世界に向かって進んでいる。当然、そのまま行くと先に待っているのは破たんである。なぜなら食料とエネルギーが足りなくなるから。そのために権力者が何をしようとしているか。日々のニュースを追うと、ぼんやりと見えてくる。これ以上はただの時計ブログには不要であろうから書かない。ただ、世界は二極化に向かう。それだけは間違いないと、偉そうに書いてしまったが私はそう確信している。

ロレックスは実用時計としては5桁でもう極めたのだ。これ以上深海や極寒地での性能を誇っても仕方ないレベルにまで性能は向上した。これ以上性能を高めても、もはや市場にニーズはなく新たな価値は産まない。これからは、富が集中する層に向かって、新たなブランド価値を創出していかなければならない。スイスは西ヨーロッパのほぼ中心にあり、この地域で起きていることには当然敏感であったろうし、主要な輸出先の日本が国際競争力を失ったことも認識したはずである。1997年に、これもまた重要な拠点だった香港が中国に返還されたこと、その中国やインド、シンガポールなどが急速に台頭してきたことも彼らの志向や戦略に大きな影響を与えたはず。20世紀の世界地図は塗り替えられようとしている。

ランダムシリアルの登場はいつだったか。2010年頃だったであろうか。それなら符号する。2008年の64兆円という莫大な負債額によるリーマンショックとそれによる世界的な金融危機はロレックスを震撼させたはずである。何度も書くが二極化というのは先進国における中間層の崩壊であり、中間層が貧困層に転落していく構図である(発展途上国ではほとんどが二極化で硬直)。世界中でロレックスを支えていたのは先進国の中間層(アッパーミドルとミドル)だったのだ。

ランダム、乱数。それはロレックスがそれまでの秩序を自ら放棄したことに他ならない。アルファベットで製造年が判別できる仕組みを放棄したことは、彼らが自身の過去と決別したことであり、そして私たち中間層との決別をも意味する、と私は勝手に思っている。もうひとつ中古市場に本格的なダメージを与える意図もあったと考えるが、それについては別途。

ロレックスにとってかつては主要な輸出先であった日本はもうあまり眼中にないのだろう。特に中間層には。町のカジュアルな時計ショップがどんどん契約を切られたこと、残った正規ショップにもスポロレがほとんど出荷されないこと、相次ぐ値上げ、宝飾化…、考えてみると彼らがやっていることはとってもシンプルなことだ。

今年のバーゼルでロレックスは世界に対して非常に明快な意思表示をしたと思う。では私たちはどうするか。これからのロレックスとどう向き合っていくか。これからもロレックスの新作を買うのかどうか。問われているのは私たちの意思や決意ではなく、私たちの金であり経済力であろうが、もう少し踏み込めば、私たち自身の生き方であるとすら思う。時代は変わり、価値観も変わる。常にあらゆるものが移ろいゆき、ロレックスもまたしかり。そして、私たちもまたとどまっていても仕方ない。古き良き時代は、もはや帰っては来ない過去のものであり、私たちもまた変化とともに生きていかなければならない。
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