最終品番への思い

今から35年ぐらい昔の話であるが、高校を卒業して免許を取ったら、どんな車に乗るか、これは私の世代では当たり前の関心事であった。私には中学生の時から心にしかと決めていた車があって、それはいすゞの117クーペ。イタリアのデザイナーであるジュウジアーロによる流線型のボディーと手造り感溢れる内装に惚れぬいていた。色はアイボリーかメタリックブルーと決めており、可能なら最上級種であるXE2000かその次のXG2000とも。ところが皮肉なことに高校卒業前に絶版。これはショックであった。しかも後継がピアッツァという、初期はもうダサダサのデザイン(こちらもジュウジアーロ)。もちろん高校を出てすぐに買えると思っていたわけではない。当時117クーペは新車で200万円超え。大学を出て働くようになったら自分で金を貯めて、いつか117クーペを新車で買うのが10代の少年の夢だったのだ。絶版によって、その夢が絶たれたショックは大きく、仕方がないので、もう新車が買えないのなら、いつか、5年後だろうが10年後だろうが、最新の中古つまり最後に絶版になった年度のものを買おうと心に決めた。

117クーペ


時計の最終品番を求める思いもこれと同じような感情からである。好きだったモデル(旧シード、旧エクワン、旧GMT)がディスコンになり、単純に最新の中古(最終品番)を欲しいと思うようになっただけのこと。もちろん何でもかんでもというわけではなく、当たり前の話だが、それがすごく好きなモデルであること。熱烈に好きなのにそれがディスコンでもはや新品で手に入れることはできず、かつ後継機種にデザインの歴史が継承されていないもの。

旧GMTマスターⅡ16710の後継である116710LNもBLNRも、デザインにおいて私にとってはもう別の時計であり、ストレートに書くなら私の好みではないゆえに私は旧型を求めただけのこと。エクワンも同様。現行のサイズが39mmになったことで、これもやはり違う時計であり、小ぶりでシンプルなスポーツウォッチであるエクスプローラーⅠの歴史は114270で途絶えてしまった(私の中では)。逆の例でいえば、ヨットマスターなどは5桁から6桁の変遷において外観の変化はほとんどなく、ゆえに仮に私がヨットマスターを欲しいと思っても、5桁最終番に対するこだわりなど持たない。“新しいものこそが最良”という事実に素直に従い、私は6桁の現行モデルを買うだろう。デイトナもサブマリーナー(あのゴツいラグには抵抗はあるが)もそうである。

だが、やはり工業製品なのだから、最終年度だからではなく、個体の善し悪しで選ぶのが正しいと多くの人は思うだろう。足しげく通った浦安の車屋のオヤジさんにもよく同じことを言われた。個体で選んだほうがいいよと。程度が良くて走行距離の少ない車を選ぶべきだと。時計も同じことである。個体で選ぶべきだ。まったくそう思う。だが青年の私も中高年の私も車と時計を入手するにあたって最終年式に突き進んだ。何が私にそうさせたのか?

あえて、このことを記事にしたのには訳があって、今回の文章は次回の結論の布石になる。次号予告、「2種類のロレ好きについて。あなたはどっち?」(笑)。自分で言うのも何だか、次回の記事は多分おもろい。更新予定日は週中の水曜夜あたり。

ついでに書くと、何台もの117クーペを乗り換えたあと、私はあれほどけなしていた後継のピアッツァ(ネロ・ハンドリング・バイ・ロータス)を購入し、117以上にその車が好きになり、それが私の最後の愛車となった。いつかあっさりと現行6桁に移行することだって大いにあり得るのだ。さらに書くと、10年以上前に車そのものに興味を失くして、そのピアッツァネロを手放した。ということはロレックスなんて馬鹿馬鹿しくなって、全部手放す日だって来るかもしれない。なにしろ人の心は移ろいやすいのだから。
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