買い逃した時計のことを

前回予告した「追憶の14060M」は我ながらおもしろくない。アップするのが躊躇われるほどなので、少し寝かせて今日はつなぎ記事を。

手放して惜しい時計を書きながら、では逆に買えなくて惜しいと思っている時計って何だろう?ということに、あまり過去を振り返らない私はふと思い至ったのだ。そんなにないよなあと。確かにそんなにはないが、有るにはある。というわけで備忘録を兼ねて簡単に。以前もこのブログで触れていることも多いので重複はご容赦。以下、買えなくて今でも惜しいと思っている時計。

まずはヤフオクで出ていた14060M。商品説明ではTシリアルとのこと。Tだと90年代半ばであるが、出品者が詳しくなかったのだろう、それは7桁のランダムシリアルでカード型のギャラが付いていた。スタートが30万円。即決が35万円ぐらいで、少し相場が上がりかけていた当時の相場だと、即決でもずいぶんと安かった記憶がある。ヤフオクで誰もが夢想する、出品者無知による究極の“お買い得”ってやつである。漫画の両さん(こち亀)で、下町のおばあちゃんがやっているおもちゃ屋にお宝フィギュアがたくさん眠っていることを語る両さんがウフフの流し眼で描かれていたことを思い出す。私が気付いたときには、ある人が入札を入れていたのだが、その彼もきっとウフフの流し目だったに違いない。だが次に見たときに他の誰かに即決で持ち去られていた。出来ればスタート価格で、と色気を出した流し目の負け。これは私には勉強になった。あのときは即決こそが、いや即決だけが正しかった。みんな!動くときは疾風のごとしだ!

ヤフオクでは、これも過去に書いたが、ジャックさんで114270ランダムが最終的に30万円台で終了。何だよ、どっちも安く買えなかったというだけではないか、この未熟者!と自分を叱る。確かにそうだ、買えなくて惜しかったのとはちょっと違う。

では気を取り直して、本当に惜しいと思っている個体。買い逃したのとはちょっと違うが、走り屋ランスさんが中野で購入したGMT16710M番デッド。デパートに何年も眠っていた個体で、しかもギャラ請求ハガキ付き(つまりギャラに自分の名前が入る)である。最初にここのコメント欄で走り屋ランスさんご本人から聞いたときはそうでもなかったのだが、後から売却したと聞いたときは、うぬぬぬぬ土下座してでも売ってもらえばよかった!と思った。なぜなら、その請求ハガキ記載の日付(つまりギャラに記載される日付)は私の誕生日だったから。しかも冗談のような話だが、当時私は走り屋ランスさんの誕生日日付がギャラに記載された旧グリーンサブ最終ランダム・デッドストックを持っていた(マジである)。追い金してでも交換すればよかったなあどころか、交換しなきゃいけなかったのではないかとすら思う。後悔先に立たず。で、お互いもう持っていないところがみそ。ハハハ。

次に、昨年JFKさん訪問時に置いてあったイカサブ。手に取らせてもらった。裏蓋にちょっと特別な刻印。その日は別の時計を買ってしまった。買ってしまった、と書いたからといって、その時計を後悔しているわけではまったくなく、それも大事な時計として今も所有している。でもあのイカはその後、2回ぐらい夢に出てきた。

オノマックスさんに出たミルガウス1019。ケースが未研磨でブクブク、裏蓋シールが残り、付属完備の、これこそミント!な個体が、いくらだったかな、、、200万円台後半だったと記憶する。これはもし最初に見つけても手が出る価格ではなかったので、この記事の「買えなくて惜しかった時計」の主旨からは外れるが、あれが買えた人はラッキーだったと今も思う。後で小野さんに「あれはよかったですね!」と伝えた。そうしたら満面の笑みで「はい、あれはみんなを驚かそうと売り手の人とともに勝負に出ました」と。正解。ああいうのはお店の最高の宣伝になる。事実、私はあれ以来、オノマックスさんのHPはほぼ毎日欠かさず見るようになった。

番外は、このブログで記事にしたが、ジャックさんで130万円という普通の価格で売られた16520の黒225タキ。相場の半分以下である。まあ、これはおそらくはお店が値段を間違えたのだろうと思われ(涙)、あれを買っていたらハッピーだったか?といわれるとそうでもない。むしろあれを買った人ではなく、売却した人と値付けした店員さんのことが(大きなお世話だが)気になって仕方ない。2015年度年間MVP。

最も惜しいのはイカである。しばらくJFKさんの店頭に残っていただけに今も悔やまれる。だが、こう書いてみると、買えなくて惜しいと思っている時計はそう多いわけでもないと改めて思う。多分私が欲しい時計は常に市場にはなく…、いや待てよ…、あった、あった、まだあった。確かに、買わなくてものすご~く後悔している時計がもうひとつだけあった。だが、その時計は今も探しているから書きたくなかったりする(マジで欲しいので書けない、すまぬ)。

つなぎ程度に軽くと言いながら、この分量。こんな記事を書いたら、またイカの夢を見てしまいそうだが、それもまたい~かと、多分受けないであろうシャレで今日は終わる。欲しい時計、探している時計があるという状況は、それを実際に手に入れることよりもずっと幸せなのではないかという気がしてならない。19世紀のフランスの作家で『にんじん』を書いたジュール・ルナアルもこう書いている。「幸福とは幸福を探すことである」 と。
スポンサーサイト
プロフィール

オイパペ

Author:オイパペ
ロレックスとともに

カウンター
最新記事
リンク
検索フォーム
PR
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
QRコード
QR