裕次郎のGMTマスター

先週末は仕事で北海道へ。ここは時計について書くところであって旅ブログではないので、北海道について書いたりはしないが、仕事の合間に小樽にある石原裕次郎さんの記念館に行き、彼が愛用したGMTマスター1675を直に見てきたので少しだけそのことを。

私にとって裕次郎さんは小学生の頃に欠かさず観ていた「太陽にほえろ」のボスのイメージが強いが、上の世代にとってはそれ以上の存在であることは間違いない。まさに戦後のどん底にあった人々の夢と憧れのスター。若々しくて格好良く、彼の映画を観るとそれがよくわかる。演技も下手、歌も下手。だがやっぱり戦後の昭和を代表するスーパースターである。

それがあるという情報を知らずに訪問したので、唐突にショーケースの1675と対面したときは少なからず感動した。周りに人はおらず私だけ、一体何分間眺めていただろう。ガラスを挟んで20cmぐらいの距離。他にも金無垢のGMT(茶)、ホイヤー、ルクルト、チェリーニなど複数の時計が展示してあったが、やはり私の眼はPEPSIに釘付けとなった。残念ながら撮影禁止だったので写真はない。

文字盤はマット。ミラーではない。そしてヒラメでもなく小針でもないので、おそらくは1960年代後半製造の1675だと推測。ブレスはリベット。文字盤とインデックスのトリチウムはとてもきれいだが、ガワはたいへん使い込まれており、彼が愛した軌跡が伺いしれる。一度出口まで行って、ここが今月で閉館になることを思い出し、最後の見納めにともう一度GMTの元へと戻った。

パネルに記してあったまき子さん(ご夫人)の言葉が実に感動的だったので記憶をたどって書く。「もしも私がもうすぐ死ぬということになったら、そしてもしあの世にも男と女の世界があるのなら、私はどんなことをしてもあなたを探し出します。私の思慕はそれほどまでに深いのです。裕さん、もう一度あなたに会いたい。そしてあなたを抱きしめてあげたい」。多少文言は違えど、そのようなことが書かれてあった。

女房を愛し、仲間を愛し、海を愛し、そして映画を愛した男。若くして亡くなった。そんな男のロレックスGMTマスター。記念館を出ると脇のヨットハーバーでは海と空が青く、きらきらと輝いていた。海のような空と、空のような海だ。何とも言えない気持ちを抱きながら、駅までの海沿いの道を私は歩いたのだが、その気持ちをうまく言葉にするのはとても難しい。豪華な調度品、外車、きらびやかな衣装、栄光のトロフィー、そしてロレックス。それらが残され、愛する人も今生に残され、本人だけがいないのに、外に広がる景色の何と美しく、そして残酷なことか。確かに生きてなんぼである。だがその残酷さも結局のところ、生まれてきた者はすべていずれは死ぬのだという事実によってのみ救われるのだとしか思えない。主がいなくなり自らも時を刻むことをやめたPEPSIの青と赤の残像は当分我が脳裏から消えそうもなく…。
スポンサーサイト
プロフィール

オイパペ

Author:オイパペ
ロレックスとともに

カウンター
最新記事
リンク
検索フォーム
PR
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
QRコード
QR