バブルの頃とは位置づけが変わったロレックス

私はバブル期に社会人となった。当時は「新人類」などといわれ、日本経済は世界を席捲するかの勢い、夜の街は活気にあふれ、深夜のタクシーは止まってくれず、先輩が本当に一万円札をかざしてタクシーを止めようとしたことを良く覚えている。給料も年に10%近く昇給していた記憶がある。1980年代後半から1990年代前半の話。都内のマンションは億に近くなり、それでも誰もがもしかしたら自分も手が届くのではと妄想した時代。株価は3万円を超え、至るところに土地成金や株成金が発生し、街の様子は開発によって月単位で変わっていった。当時のロレックスといえば、コンビのデイトジャストが定番。夜の街で何本のそれを見たことか。30代でバブルは弾けたが、まだ日本は裕福さの余韻の中にいた。

バブルの時代、日本の農協のおじさんたちが胸にメイド・イン・ジャパンのカメラをぶら下げ、傍若無人にパリやロンドンを闊歩し、彼の地の人々の眉をひそめさせた、同じことが今はトーキョーで起き、我々は近隣諸国人の振る舞いに眉をひそめる。ノーベル賞を受賞したディランが半世紀も前に「時代は変わる」で予言したことを我々はいま経験している。そうそうボブ・ディラン。ここのブログタイトルは彼の曲「watching the river flow」から拝借している。

本格的な曲がり角はネットと携帯電話が普及してからという気がする。物を売ることで成り立っていたあらゆる業種崩壊が始まり、次には情報に金銭価値を付与していた企業が致命傷を受けることになった。考えてみて欲しい。つい20数年前、私たちは時間や天気を知るにも、117や177で電電公社に金を払っていたではないか。今ではそれらどころかあらゆるニュースや情報も無料で手に入る時代に生き、情報を売りにかつては花形産業であった新聞社や出版社が存続の危機にさらされている。それに、何よりもネットは不正やまやかしのベールをはがした。企業が勝手につけた価値(value)が実はそれほどではないことを露呈した。世界はすさまじい勢いで変化を続けている。そういう意味でインターネット革命は18世紀の産業革命よりはるかに巨大な変革であった。利便性の代償として人は貧しくなる。何と大きな代償であったことか。

だが、私はこうも思っている。物を売り、お金が豊かになると幸福になれると信じて頂きを目指した日本人はバブルのあの時代、モノやカネでは幸福にはなれないのだということを知った。その頂きで呆然となった。限りある命を生きる人間はそういうことでは幸福にはなれないのだということを最初に知ってしまった人種ではなかろうかと。今、新興国はかつての日本の行った道をたどる。たぶん彼らもまた彼らの頂きにおいて、そのことを知るに違いない。

かつては富の象徴であったロレックス。だがもう違う気がする。バブルのあの時代とはあらゆるものが変わったのだ。最も優れた種は「変化に対応する種」だと言う。たぶん、我々もまた変わらなければならない。もう我々が生きている間に、日本経済が復活することはないかもしれない。だが、そんなことは関係ない。結局最後は個人の問題であり、個人の戦い。国のせい、社会のせいにして不満を書き並べても意味はない。最後は自分だ。自分の境遇と運命を受け入れ、でも努力の余地はあると信じ、自分のため、家族のため、仲間のため、人のためにと懸命に働き、生きる人の勲章としてのロレックス。ロレックスの位置づけもまた変わったのだ。神田神保町にはそういう人が求める勲章を置いておく。自分自身もまたその渦中にいる人間からの、「お互いがんばろう!」のメッセージとして私は良質な個体を集め、誰かの代人としてそれを手渡したいと思っている。「お互いこれからもがんばろう」と。それが、私が始めたことの最大の意味であり意義である。
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