ロレックスが向かうのは

ブログの分析というのはほとんどやらないのだが、検索ワードだけはまめにチェックしており、相変わらず圧倒的に多いのは「ロレックス 値上げ」や「ロレックス 高騰」というワード。私は現行品にはあまり興味はないので、正規店をひんぱんに訪問する習慣はなく、従ってロレックスの値上げについて確かな情報は持っていない。それでも新品の値上げや高騰は、古いモデルの価格にも強い影響を及ぼすため関心は強く持っており、以下推測交じりに書いてみる。

私には、事業を成功させたいわゆる成金の知り合いがいる。友人ではない。たいへんリッチな男で、都心の高層マンションに住み、外車を複数所有している。多くの時計を所有するくせにロレックスは一本も持っていないという彼にその理由を尋ねてみると、どこもかしこもロレックスだらけだから持つ気にならないと。出先ではそこらじゅうでスポーツ系ロレックスをはめた人間に遭遇すると言う。そういう時計は買う気にならないのだそうだ。好ましい考え方とは思えないが、本音ではあろう。もう一度書くが友人ではない。

これからのロレックスが目指しているのは、世界中のセレブが満足する本当の高級時計なのかもしれないと推測する。上に書いた知り合いの感覚はまさしく同質のもので、本当のリッチマンにしてみれば、サラリーマンごときが気軽に買える時計などしていられるかの気分。千万単位を時計につぎ込むことに何のためらいも持たない人間というのは、世界中にゴロゴロいるのだ。

私はリッチマンではない。だから想像するしかないのだが、金持ちというものはそれを貧困層や中間層に誇りたいとは思わないに違いない。だが、上流の人々の集まりの中で身につけるものには相当に気を遣うのだろう。パテックやオーデマピゲなど雲上ブランドとはそういう人々のために存在している。貧困層や中間層には、手が届かない時計。それは価格だけの意味ではなく。一般人には欲しいとか買おうとか、そういう風にすら思えない雲の上の時計。ロレックスはそういうブランドを目指している気がする。この見立てが正しいかどうかは10年後ぐらいの世界を見てみないとわからない。

これから世界はさらに極端な二極化に進む。日本もそうだ。それは間違いない。極一部の富裕層と、それ以外に分かれていく。その莫大な富を所有する富裕層を取り込む戦略なのではないか。今年バーゼルで発売された新商品の価格設定を見ているとそう思ったりもする。

300万円のロレックスも50万円のロレックスも同じロレックスブランド、それでは前者を所有する者の満足度は低い。しかも後者の多くは商品を並行輸入で買い、またその価格帯の商品が欲しくなって中古市場に流す。そうするとその次の層によって、少し価格の落ちたロレックスが購入され、それによって至るところにロレックスが蔓延し、前者の富裕層にとっては、ロレックスが自分たちの富にふさわしいものだとは思えなくなる。これまではその図式。ロレックスというグループはそれを変えようとしている気がしてならない。

ロレックスという企業の側に立って考察してみる。彼らが今や世界最高の時計ブランドメーカーであることは疑いようがない。決して雲上ブランドではなくても、その流通量、世界中での認知度、そして品質の高さ、どれをとってもロレックスは世界1のブランドである。だが企業というものは半永久的に更なる成長を目指すものであり、そういう意味で彼らを最も阻害しているのは他ならぬロレックス、つまりいつまでも価値が下がらないロレックスの中古市場ではあるまいか。

正規の新品より遥かに高額で取引されているアンティークロレックスやディスコンモデルの最終品番など、ロレックスというブランドに投入されているにも関わらず、彼らにキャッシュが入らない中古市場の活況など、確かに彼らの側に立ってみると邪魔なだけであろう。

そうだとすると、シリアルの頭から年式が特定できるアルファベットが消えたことも納得がいく。数年後には、アルファベットシリアル時代のロレックスは、少し無理すれば中間層にも買える定価が安くて1.5流時代の代物というイメージになる(のかもしれない)。それ以上に、シリアルから年代が特定できなくなることで、少なくとも中古市場は今とは異質なものとなる。もはや最終品番がどうの、何シリアルの文字盤がどうのという観点は消滅する。ロレックスという企業はそうやって何年も何十年も先を見据えている気がする。

日本におけるロレックスの正規店の締め付けはたいへん厳しいと聞く。ロレックスの品位を守り、デイデイトに代表されるような高額なドレス系を富裕層に販売することをロレックス社は求める。通販や値引きなどは絶対に許されない。webに商品を掲載することすら許さない会社である。今や国内のロレックス正規店は契約を切られて、その数がどんどん減っている。より多くの商品を販売することを主目的とするならば、販路は多い方がよいに決まっている。やはりロレックスという企業はここへ来て、ある方向へ大きく舵を切ったのではないか。

ロレックスが求める格式と実績を体現化しているのが銀座レキシア。機会があれば行ってみるとよい。入店しようとドアに近づくとベルボーイが中からドアを開けてくれる。私はジーンズに白シャツという出で立ちでディーパックを肩にかけて入った。私はそういうことには物怖じしない性格だが、一緒だった連れは入るのを嫌がった。オイスターパーペチュアル116034を探していた頃のことだ。別に侮蔑的な対応はされなかったが、その雰囲気はかめ吉とは大違いである。

値上げが実施されれば、おそらく最も安価なステンレス製スポーツ系ロレックスですら80万から90万円ほどの価格になる。ディープシーやデイトナは軽く100万円を越える。これはさすがに躊躇してしまう価格で、これにより中間層の何割かは脱落するだろうが、実はそこが狙い目なのではないかとすら邪推する。あくまで邪推である。

私はそういう傾向に批判的なのではない。本当の金持ちがロレックスに富の象徴としての価値を見出しにくいのは事実だろうし、ロレックスの戦略もそれほど間違ってはいないと思う。40代になってようやく少し経済的な余裕が出来てロレックスを所有したわけだが、初めて訪れた丸の内の日本ロレックスで、あまりにも普通の人々、それはイトーヨーカ堂や西友にいるような人々(自分もまさしくそうだ)が出入りしていることに驚いたあの感覚はいまだに自分の中に生きている。典型的な中間層である自分などは、どちらかというと例外的存在だろうと勝手に思っていた。だが、所有してから気付くと30代はおろか20代の若者も平気でサブマリーナを左腕にはめている。ロレックスは庶民的な時計だったのだ。

庶民的という表現が違和感を与えるならば言い換える。庶民すべてが時計に興味を持っているわけではないから、時計に興味を持った庶民にも充分に手が届く時計、それがこれまでのロレックスだ。あえて象徴的に書くならば、50万円のロレックス。それが変わろうと、いや変えられようとしている。

これまでのように40~50万円という、多少無理をすれば手が届くブランドではなくなるロレックスとどう向き合っていくか。私やあなたは今確かにそれを問われている。そのことは突き詰めると、ロレックスをどうするかという趣味の範疇におさまることではなく、来たる難しい時代の生き方そのものが問われている気がしている。とりとめのない文章になってしまったが今日のこのあたりで。
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