傷は気にしない

4月にやっとの思いで保護シールをはがして普段使いを始めた旧シード16600。3ヶ月ほどをメインウォッチとして使ったわけだが、キズミで眺めてみると至るところ小傷だらけである。ケースサイドには小さいが打ち傷まである。ブレスも小さいチリ傷だらけ。

私は時計を丁寧に扱いつつ、だが過保護にはしていない。これは矛盾しているようで、自分の中では矛盾していない。普通に使うということだ。だが絶対に落としたりはしないし、テーブルに置くときも乱暴には置いたりはしない。ガラス面を下にして置いたりもしないし、帰宅したら必ず柔らかい布で汗や汚れをふき取るようにしている。

それでもステンレスにはこういう傷は入るものだし、いつまでもピカピカであることを維持したいとも思わない。いやあえてそう思わないようにしている。大事なロレックスだが、たかが時計でもある。私はロレックスとの向き合いの中で、“常に欲しいロレックス”から脱却しようと画策している。時計を腕にはめて使うということ、それは私とともに時を刻む、そして共有するということだ。そこからロレックスとの自分なりの関係性を深めていきたいと考えている。

シードゥエラーをしげしげと眺める。たった3ヶ月とはいえ、春から梅雨を経て夏、私とともに時間を共有した時計が、多少の傷とともにそこに有る。時を刻めば傷つくのは人も時計も同じ。私の細腕に、この厚いケースは不格好かもしれない。多分そうなのだろう。だが私はこの時計に、買ったときとは異種の愛着を感じ始めている。悪くない。うん、悪くないとようやく思えてきている。


シード0720
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