トリビア

個人的な話だが、今日私は休日である。窓の外はとても良い天気。一年で最も良い時期かもしれない。

珍しく日を置かずに記事をアップ。今日はトリビア(雑学的な知識)。時計を扱っていて知った豆知識の披露を2つほど。

2002年頃を境にロレックスの風防の6時位置に小さな王冠マークが刻印されていることは皆さんもご存知のはずで、ネットでは偽物を見分ける初歩としてよくそのことが書いてある。キズミで見ると確かにしっかりと見えるし、私は自慢じゃないがほぼ肉眼でも見える。だが、個人としての時計好きの時代から今日までで、私は6時位置に刻印のないロレックスを2度発見したことがある。5桁のV番とランダムである。最初は血の気が引いたものだ。やってしまった!と。だが、持ち込んだ丸の内ロレックスカウンターの別嬪さんは「本物ですよ」と事もなげに言う。「たまに付いていない個体があるんですよ」と。おいおいマジか。そんなのどこにも書いてないぞ。これは奥のカウンターの技術師さんの見立てでもあるから間違いない。ご存知のように社外風防がついていたら即座に指摘される。それから数か月後、また発見。結果は同じ。正規品ですと。従って、新説として書いておく。たまに風防6時位置に、あるはずの王冠マークのないロレックスがある。数百本のロレックス風防をキズミで覗き込んだわけではない中での2本という確率。些細なことだが、結構常識をくつがえす事実ではないだろうか。

次。皆さんがお持ちの70年代、80年代のトリチウムは半減期が過ぎてまず光らないはず。私が個人所有するサブ5513(1983年製), GMT1675(1978年製), デイトナ16520L番(1989年製)もどれもが無反応だ。しかし、なぜか60年代の個体の多く(67年頃まで)は、ブラックライトを当てるとギラギラ光る。これまで私が個人所有するものも、店に入ってきたものもみんな光る。サブ、チューサブ、GMT、デイトジャスト、エクスプローラー…。なぜだかよくわからない。ラジウムが混ざっているのかもしれない。中にはリルミ(再塗布)だと主張する人もいるが、私はそうは思わない。なぜならフルオリジナルの69年製スピマスのインデックス&針も下記写真のようにしっかりとグリーンに光るからだ。新説というわけでもないが、知らない人は知らない事実なので、やはり書いておく。むしろロレックスのミラーダイヤルでブラックライトに反応しない個体のほうが私には??である。

今日記載したことが常識だろという人には申し訳ない。少なくとも最近まで私は知らなかったので、私と同じように知らなかった人のために今日は書いた。そして、特に60年代の夜光が今も光る理由についてご存知の方がいればぜひお教えいただきたい。知るはいっときの恥というが、恥などどうでも良い。真面目な話、ぜひ教えていただきたい。

GWはもう少し続く。休める方はぜひ良い休暇を。本当に良い日和。年を取ったせいか、最近気候が良いとそれだけで幸せな気持ちになる。こんな時期ぐらいは時計のことも忘れて良いのでは、と思ってしまう。

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光るのはほんのわずかの間で、すぐに発光はなくなる。

道具の奴隷となるなかれ

予告したのになかなか記事をアップできずに誠に申し訳ないと思い、とり急ぎ今日はオメガ・スピードマスターについて。今後の射程に入れてもいいかなと思う人向けの記事であり、深い知識をお持ちの御仁には無用な記事であることをまず書いておく。

speedmaster 1back case straight


写真は自己所有の145.0022。いわゆるスピードマスター5thの最初期。1969年製造で、ご覧のように裏蓋に特別な表記がある。omega speed master straight writing というもので、ややレアなモデル。これはある伝手でフランス在住の御年70になるご老人(米国人)から譲ってもらった。1972年に新品購入して、1979年にサブ5513を買うまでのたった7年間しか使っていないというワンオーナー、フルオリジナル品である。ケースは傷だらけであり、プラ風防に大きな欠けがある。そこがまたいい。

私はここ1ヵ月というもの、この時計しか腕には巻いておらず、手巻きであるから毎日決まった時間、14時にジーコジーコと手で巻いている。使った感想としては、もう最高である。サイコー。それまでのロレ熱39度が微熱の37.5度に下がったほど。私はこの時計をこよなく愛し、帰宅してこれを外すたびに、決して大げさではなくため息をつく。格好いいなあ~、おい!、と。だが、この時計のどこがどういいのかを文才のない私が文章にするのはとても難しい。

今、それに挑み、30行ぐらいの分量を書いた文章をあっさりと削除した。やはりうまく書くことはできない。要するにカタルシスなのだ。浄化ともいう。この時計を所有することによって、私はようやくにして本当に時計を愛することが出来たとすら思っている。虚飾の向こうに突き抜けた思い。それ以上の言葉を今の私は持ちえない。誠に申し訳ない。

スピードマスターの基本は手巻きである。もちろん自動巻きもあり、何を選ぶかは当人の自由だが、スピマスの基本は手巻きである。スピマスには数えきれない種類のモデルがあるのだが、大まかに書けば文字盤にprofessional の記載があれば手巻き、automatic とあれば自動巻きだ。最初にスタンダードな手巻きを買うなら、3570.50 という数字を書き記しておく。まず間違いはない。そして念のために書いておくと、残念ながら私が経営しているショップに在庫はない。

大事なポイント。クロノ針がずれている個体が多い。だが、これはOHで直るので、あまり神経質になり過ぎなくてもよい。傷も似合う時計なので、私はそれもあまり気にしない。ブレスの伸びについても汎用ブレスに代えればよいし、上の写真のようにNATO ベルトという手もある。デッドストックで置いておく必要もない。どうせリセールは大したことはない。また、この時計には最終品番という概念もない。オメガは、オメガという会社が存続する間、ずっとこの同じデザインのスピマスを馬鹿正直に作り続けるはず。たぶん半永久的に。購入価格(30万円前後)に比べてOH代(8万円ほど)が高いので、壊れたら買い替えるのも手だ。そう、使い倒せば良い。つまり、細かいことを気にするなとこの時計は強いメッセージを発している。

ロレックスをはめた左腕を郵便ポストや自販機に突っ込むには躊躇したものだが、この時計はそういうことから我々を解放してくれる。たかが、時計に付く小傷。それは値段が違うからだと主張する人もいるかもしれないが、私はこの時計に80万円を払っており、私の中では成り立たない理屈である。ただの時計であり、ただの道具なのだ。道具ごときの奴隷になるなかれ。ギャラも要らない。古い時計のギャランティーなどは保証期間の過ぎたただの紙やプラカードだということに気づかせてくれる。

もちろん同じオメガでも、100万円を超えるイタリア限定とかを所有すると(もちろん所有していないが)、たちまち私もまた自販機には時計をはめていない右手を突っ込むのだろう。情けないがそう思う。こう書いていくと、自分が(個人の時計好きとして)、いかに時計のリセールに縛られていたかということを思い知る。つまりは損得勘定である。私たちは本当に時計が好きなのであろうか。少なくとも私にとってはそういうことを考えるきっかけとなった。マンズ・マンズ・ウォッチ。男の中の男の時計。この武骨な時計を腕に巻きながら、私は当分の間、そのことを考え続けるだろう。自分よ、オマエは本当に時計が好きなのか?

こういう時計を売りたいものである。不要な方はぜひ当店へ。だが買取りは安いぞ(笑)。あー、いやいや、ウソウソ、がんばる。ロレックスもいい。だが、他のブランドにも色々な価値がある。広げていくと、多分この趣味はもっと楽しくなる。そう思う。

追記:4月は忙しくて1日、しかもたった10分しか店に顔を出せなかったのだが、4月5日にオープン半年を迎えた。時計好きの人たちにとって、ちょっと気になる店という立ち位置を目指してこれからも地道に背伸びせずやっていく所存である。買っていただいた方、売っていただいた方、委託に出していただいた方、その他多くの方々に感謝である。ありがとうございました。

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ヴィンテージ新説となかなかハマらないベゼルのはめ方について

私がこれまで書いてきた記事で実は密かに自慢に思っていることがあって、それはサブマリーナ1680は最初は赤サブのみで販売され、かつそれは1969年からだと言い切ったこと。それまでの定説はどちらかというと、赤サブは希少であり、多くの白サブが赤サブに書き換えられたのだとか、店のHPで1967年製の1680などという表記もあったりしたので、一応画期的であったと自画自賛しているし、以降も様々なサンプルでそのことを検証しているが、どう考えても正しそうである。1680は当初赤サブでのみ発売され、その初年度は1969年である。くどいので今どこからか下駄が飛んできた気がする。

で、今日は画期的な第2弾。たぶんほとんどの人が興味はないだろうが、やはりここは自分のブログなので公表しておく。

古いサブマリーナのベゼルに極太フォントのマーク1など存在しない。

さらっと書いたが、我ながら大胆である。ではこの写真は何なのだ。このブログでも何度か極太フォントを紹介してきたではないか。どう考えても太いではないか。有るものを無いと言い切るのはどういうことだ。では書いていく。

まず1960年から70年代にかけてのサブのベゼルには大きくわけて次の種類があるのが定説だった。
マーク1:極太フォント(スーパーファットフォント)
マーク2:ロング5(5の下のカギの部分が長い)
マーク3:まあまあ太字の最もポピュラーなベゼル
マーク4:80年代や交換パーツであるすべての数字が細字で4が台形。
*スキニー4という希少ベゼルは脇に置く。
写真の手前から奥に向かって、マーク1, 2, 3, 4 だ。
bezel rolex
(勝手に海外サイトの写真を拝借。すみません)

で、新説を披露する。レッドトップ以降の60年から70年代前期のサブのベゼルは基本2種しかない。マーク2(ロング5)とマーク3だけだ。マーク1は文字がただ滲んで太くなっただけ。どうだろうか。

いや、実はこれ、海外フォーラムの受け売り。まあそれを発見しがんばって翻訳した努力だけ認めていただきたい。一応自分で検証もした。たぶんこの説は間違っていない。私も前から不思議だったのだ。KISSING 4 のチューしている間隔が個体によってバラバラであることに。完全にくっついたディープキス状態のもの、チュッとフレンチキス、そしてほっぺの前で躊躇して止まっちゃいました、もある。これは一体何なのだと。簡単である。経年、紫外線、その他の外的要因と内的要因によって文字の部分が滲んだだけ。マーク1(極太フォント)というのは、マーク2又はマーク3の文字が滲んで太くなっただけ。ハイ、新説終わり。

最近特に面白いのがGMT(1675)のベゼル。コソコソといくつか買い集めた。何が面白いって、ベゼルを替えるだけでまったく違う時計に変身するのだ。ベゼルが3個あれば、1675を3個所有する気分になれる。本当である。以下に実例を示す。

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どうだろうか。左上が元のベゼル。面倒なので2枚目以降はただベゼルを乗っけただけだが、違いがわかってもらえるだろうか(社外品も交じっているがご容赦)。個人的には下段の褪せたベゼルはかなりいい。だが、元のも悪くないし、気分で黒に代えるのも有りだ。こうなると前に紹介したフクシアベゼル(紫)も欲しくなるが、これはもうヴィンテージにドハマリの兆候以外のなにものでもない。困ったものだが楽しい。いや、実は困っていない。ただ楽しい。そして「色よ、褪せよ!」と、いくつかのベゼルを陽の当たる窓枠に置いていることを告白しておく。とりあえず東京オリンピックまではがんばろうかなと。アホである。ちなみに上の写真は自己所有の1675だが、神保町にはこれより数倍かっちょいいミラー&金彫りの1675が置いてある。軽く200万超えの個体だが、ご来店の折りにはぜひ見て行って欲しいとちゃっかりセールスしておく。特別にチラ見せ(実物はリベット付き)。

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ついでに今日はベゼルインサートのはめ替えについても書いておく。これに苦労している人も多いのではないかと。実を言うと私が苦労したのだ。古い時計の一部は簡単にインサートがはまらないのだ。手ではめ込んでいっても最後にある一か所が浮いてしまってはめ込めないことが多い。あるベゼルインサートなど朝までかかってもはまらず、翌日は右上腕部がひどい筋肉痛になった。下記を見て欲しい。無惨である。押し過ぎて、斜めの山が真っ平らになったそれを。これ私は自分の筋肉でやったのだ。ちなみに海外から8万円も払って入手したマーク3。作業中に貴重なトリチのルミナスまで取れてしまったではないか。そう、はまらないインサートははここまでやってもはまらない。
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ある記事にムースの蓋で押し込むと良いと書かれていたので家じゅうの蓋というフタを探したのだがサイズが合わず、女房殿に41mmぐらいの蓋のムースをスーパーで買ってきてくれと頼んだら、あっさりと「いいよ!わかった」と返事をくれてから数週間音沙汰無し。アホらしくてスルーしたに違いない。そこでややサイズの小さい蓋を自分で見つけてきて(女性用のわきの匂い防止スプレー・笑)、それで上から押し込んだところ蓋がバキッと壊れた。コスト削減は駄目だろうと毒づいたのだった。ところがである。私は簡単にベゼルをはめ込む方法を知ってしまった。感動的なほどである。あまりにも感動的だったので簡単に書きたくない。興味がある人は下記のブログランキングを!って参加していないので仕方なく、もったいぶらずに書く。ペンチで挟む。わはは。簡単であった。パチンと。拍子抜けとはこのこと。3秒かからない。あの数日続いた筋肉痛は一体何だったのだろうか。そしてなぜ誰もそれをネットで教えてくれなかったのだろうか。

今日のまとめ。サブのベゼルに極太文字などない。ただ滲んだだけ。GMT1675はベゼルを替えると楽しい。ハマらないベゼルインサートはペンチを使う。

まとめたらこんな簡単に終わるのか。これもまた拍子抜け。ペンチではめたベゼルみたいなものだ。ということで今日は終わり。誰かの為になったことを祈って。謙虚にさらっと書いたけど、今回の記事は結構血と汗と努力の賜物であるのよ。

人類の進歩と調和

私の幼少期というのは日進月歩で世の中が発展した時代で、その幼い頃の記憶にまだ豊かになる前の日本の風景をとどめている。例えば私の幼稚園から小学校低学年までの時期、私は何度も三輪のトラックやバスを目撃したし、道路などはメインストリート以外はまだ舗装もされていなかった。クーラーなどもなく、テレビもまだ白黒テレビ時代だ。ちなみに私は1960年代前半の生まれ。漫画『20世紀少年』の主人公たちが私より2つばかり上の世代と思われる。

当時の科学技術の進歩は目覚ましく、小学館から発行されていた「小学シリーズ」や学研「科学と学習」では、20~30年後の世界として、空飛ぶ自動車や人類が火星に旅行に行っているイラストなどが頻繁に紹介され、当時はまだ純真無垢だった私は、大人になったらきっとそういう時代が来るのだと思っていた。何より決定的だったのは1970年「人類の進歩と調和」を謳い大阪で開催された「万国博覧会」。アポロが持ち帰った月の石は、まだ決して豊かではない時代を生きていた少年時代の私に限りない未来を感じされたものだ。少なくとも私の周辺の世代は「輝く未来」を何の曇りもなく信じた。

1969年、人類は月に降り立った。そう今日はオメガ・スピードマスターについて書く。ライバルであったロレックスデイトナを蹴散らし、NASA公認の「ムーンウォッチ」の称号を得たスペシャルウォッチ。1960年代合衆国が打ち上げたアポロ計画。飛行士が着用するための時計として競争したのは、オメガ、ロレックス、ロンジン。何度やっても破損する2社を尻目にオメガは最強ウォッチの開発に成功する。21世紀の今、オメガはロレックスの後塵を拝しているが、1960年代のオメガは少なくともロレックスの風下に立つブランドではなかった。

マーキュリー計画の後、船外活動を予定するジェミニ計画と、最終的には月面歩行を目指すアポロ計画では、宇宙空間に出ても飛行士たちが使える時計が必要だった。1964年にNASAから発行された見積もり依頼の時計メーカーは以下。エルジン、ロレックス、ロンジン、ハミルトン、オメガ、ミドー、ベンラス、ルシャン・ピカール、ブローバ、グリュエン。最終的には、オメガ、ロレックス、ロンジンの3社がテストに選ばれる。宇宙空間では100度を超える寒暖の差がある。それ以外にも、気圧、湿度、酸素、加速、衝撃、振動、減圧など、宇宙空間における様々にして過酷な環境テストが始まる。ロレックスは早々に脱落。湿度テストで時計が止まり、高温テストでは針がゆがんで他の針に干渉してしまったという。その段階で次のステップに進むことはなく、ロンジンもまた高圧テスト中に風防破損、ロレックスと同じくクロノ針がゆがんでしまう。全項目のテストをクリアし、NASAから正式な採用通知を受領した時計は、オメガ・スピードマスターだけ。1965年のこと。これ以上の栄誉はあるまい。デイトナの冠にコスモ(宇宙)を配していたロレックスは、デイトナを早々にレーシング用時計へと、そのコンセプトを変更せざるを得なかったのだ。コスモグラフ・デイトナ。その名称には少し苦い敗北の傷跡がある。だが、その敗北はロレックスの糧になった。彼らはどんどんと進化を目指した。潜水士、飛行士、冒険者をはじめ、時計に様々なコンセプトを付与し、優れたデザインと性能で他社を圧倒していく。逆に、その栄光がオメガの足を引っ張ったと言えなくもない。「ムーンウォッチ(月へ行った時計)」、その栄誉があまりにも大きかったために、半世紀経った今もオメガ社はそこから脱却できず(あえてせず)、コンセプトもそうだが、何より良くも悪くも基本のデザインイメージをずっと同じまま踏襲し続けているのだ。

だが、私は思う。私のように子どもの頃に夜空を見上げて、宇宙に果てしない夢を持っていた者にとっては、やはりスピマスには夢がある。月へ降り立った勇敢な宇宙飛行士の腕で時を刻んだ時計。おそらく「時間」という概念は様々な解釈が可能だろうが、それが宇宙の営みと連動していることは間違いない。まだその100万分の1すら解明されていない広大な宇宙の中の太陽系。そこで営まれる地球の自転や公転、月の満ち欠けなどが、1日、1年、1月という「時」の単位を決している。

時計好きとして一本は所有してみようと思い立ち、少し前に古い60年代のものを入手した。ゴツくてずっしり重い。ロレックスにはどこか中性的な美を感じさせるところがあるが、スピマスはまさにman's man's watch 。男の中の男の時計だ。クロノグラフ&手巻き仕様にプラ風防。ベゼル、文字盤、インダイヤルはすべてブラック。漆黒のブラック。完成されたデザイン。これほどまでに精悍なデザインの時計はない。何と格好いい時計であろうか。何本も持つ必要はないが、一本は持っておいてよい。いや、時計を1本しか持たないなら何もスピードマスターでなくても良いが、複数持つならやはり1本は持っているべきだと今の私は所有してみてそう思っている。

1972年のアポロ17号を最後に人類は月の上を歩いてはいない。何だか夢がなくなってしまった今の世界。「進歩と調和」どころか人々は争ってばかり。いつしか少年は初老になり、空を飛ぶどころか、今も排気ガスを出す車で渋滞する夕暮れの街を歩きながら、そうそれは先日のこと、ふと東の空を見上げると、立ち並ぶビル群の遥か上にぽっかりと浮かぶきれいなお月様が。薄い雲や宵闇の星々とともに眺める月のきれいなこと。そして不可思議なこと。「あんなに遠くへ行ったのか…」、人間ってすごいなあと思った。スピードマスター。いつか人はもっと遠くへ行くのだろうか。それともこの数十年がそうであったようにいつまでもこの地にとどまり続けるのだろうか。人々が込めた思い。ムーンウォッチ。何ていい響きだろう。スピードマスターとはそんな時計だ。

さて、書き続けるとキリがないので、今日はここまで。次回、簡単にスピードマスターの歴史を書く予定。残念ながら神田神保町にスピマスは一本もないので悪しからず。これからがんばって仕入れたいとは思うのだが…。

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言い訳

年が明けてから、別の仕事で私のミスというか遅延で結構な数の人に迷惑をかけてしまい、ブログを更新する時間も余裕もなく今日まで来てしまった。店にもほとんど顔を出しておらず、店長さんに任せっぱなし、先週久々に顔を出したらずいぶんたくさん時計があってちょっとびっくり&うれしかったりもした。たまには更新しないとトップに変な広告が出てくるので、今日は没予定だった過去の原稿をアップ。去年の今ぐらいの時期に下書きした原稿である。最初に前置きしておくが、大した内容ではない。

時計を買う際、多くの人は自らに対してなにがしかの言い訳をするものだが、それらは本当に面白い。4~5万円の買い物だって安くはないのに数十万、時には百数十万円ともなると人はそれなりのエクスキューズを必要とするようだ。まだこのブログにコメント欄があった頃はよく「極上のGMTを見つけました。ギャラも付属品もバッチリ付いていて本体も極上の58万円です。オイパペさん、どうでしょうか?買いでしょうか。オイパペさんのような方に背中を押していただきたいのです」などというコメントを貰ったものだが、もうご本人はプールサイドで飛び込みの姿勢でいるようなものである。どうでしょうか?などと質問しながら、すでに前傾した身体の背中が「押して!早く押して!」と言っていて、手で押さなくても、尻にフッと息を吹きかけるだけで、勢いよくバッシャ~ンとプールに飛び込むようなもの。まあお勧めすることもあったし、正直にやめたらどうですかと返したこともある。

「言い訳」に話を戻すと、私もまた同じである。私もまたいつも自分への言い訳を必要としている。

よく見聞きする言い訳そのいち。「将来、息子にゆずる」。出た。これは美しい言い訳なのだが、実行できなかったときは実に見苦しい言い訳となる。だから安易には使わないほうが良い。大きなお世話だが、これの実施率、実行率はかなり低いと私は見ている。仮に子どもが乳幼児の場合、実施時期は成人を記念するなら15~20年後。2年も経たずに手放すロレ病患者には苦行のような長い長い歳月である。西暦2036年にそれを実行できれば立派だが、私にはその自信は到底ない(実は私も白の34mm径エアキングを将来娘に譲ると心で誓って、数か月後にあっさり売却してしまった痛い過去がある)。それに子どもがそれを喜ぶかどうかも極めて怪しいし、親の価値観の押し付けもよくない。20年後には時計など誰も身に着けない時代にだってなっているかもしれない。とは言え、実行できれば立派なことではある。

次。「がんばった自分へのご褒美」。基本的にこれは女性がよく使う言葉である。女性がちょっと贅沢な海外旅行やブランド品を買うときによく使う言葉。広告代理店はそれをよくわかっていて、旅行会社の宣伝キャッチコピーでしばしば目にする。「がんばった自分へのご褒美に今年の夏はバリ島で!」。これもまあわかるのだが、男ならがんばった自分へのご褒美はその日の一杯の酒ぐらいで済ませておこうではないか。「よくがんばったぜ自分、立派だったぜ自分、乾杯!!」と。さすがにサブマリーナはちょっと褒美が過ぎる。がんばった自分へのご褒美に80万円のロレックスを買いたいと女房に言ったら、全人類の98%ぐらいのおとっつあんはぶん殴られるか、最低でも罵声を浴びるはずである。だが、もし、「いいじゃない!あなた、がんばったんだもの。大賛成よ!」などと言ってくれる稀有な女房がいるうらやま男はどんどん自分へのご褒美としてロレックスを買い給え。遠慮することはない。多分、貴殿は神に選ばれた男だ、行先はもちろん東京の神田神保町であることは言うまでもない。大歓迎である。

次。「ビビッときた」。ハハハ。わかる、わかる。だが、これはもはや言語や思考の放棄である。冷静な判断、理性、踏みとどまり、我慢などのあらゆる人間的で高邁な精神の敗北とも言える。ビビッときて歯科医と結婚した聖子ちゃんもすぐに離婚したではないか。ちなみに彼女は「生まれ変わったら一緒になろうね」とも言った。怖ろしい言葉である。ひろみGOは震え上がったに違いない。私だったら別れた女がそんなことを言ったら、恐怖で髪の毛が逆立つだろう。「ビビッときた」は聖子ちゃん病と私は名付ける。他にも「時計が自分を呼んだ」というのも聞いたことがある。「ショーケースの中のサブが俺を呼んだんだよー」。呼んでない(笑)。呼んでませんよ、絶対。ただのメカ。機械。時計。道具。

夜中に独りで笑ってしまった。自分でブログを書きながらゲラゲラ笑っているのだからおめでたい男である。では私はどうかと言うと、私もまたたくさんのしょうもないエクスキューズをひねり出してきたが、最もひどいのは「人生には限りがあるのだから」というやつ。「人生には限りがあるのだから、今こそサブマリーナ!」。人生に限りがあることは事実であり、確かな真実である。だから、たくさん本を読むとか、人との出会いは大切にするとか、一日一日を無駄に過ごさないとか、そういう方向に行けばいいものを、なぜかロレックス。また少々似ているのだが、「自分はもう50だ、きっと60代になったら時計の売り買いをしても楽しめる人生ではないだろう。だったら今買ってしまおう」という言い訳も所有している。ご想像の通り、多分私は60になったら、「きっと70代になったら時計を楽しめる人生ではないだろう、だから~」と言い訳するに違いない。

結論めいたことを書くならば、欲しい、買う。もうこれしかない。それはそれなりの十字架なのだ。あとは背負って生きていくしかない。その十字架を下ろしても、人生にはまた別の十字架がある。名誉欲、出世欲、その他への物欲、性欲、すべての煩悩を避けるのなら坊主になるしかないのが人の世だ。そもそも我々は他の命を食らって生きている。大切なのは言い訳ではなくそれを背負って生きることではないかと、最後はやや抹香臭いことを書いておく。

「人生には限りがあるのだから、今このサブマリーナを思い切って買うぜ!」。これ、実はそれほど間違っていないのではないかと思っている。だが、ロレックスは特大の欲望だから、その代わり他のことで特大級にがんばらないと駄目だ。がんばったご褒美にロレックスとは真逆。がんばったからロレックスではなく、ロレックスを買ったからがんばるのだ。似て非なるもの、私にはこの方がスッキリする。

研磨について

正月以来まったく更新できずにいたこのブログ。年明けから元々の仕事が忙しくなかなか書けずにいるが、今日はがんばって更新。テーマは研磨(ポリッシュ)について。

オーバーポリッシュというのは嫌なものである。特にヴィンテージの世界に入ると、それはもう研磨&メンテ履歴との戦いと言っても良い。古い時計のエッジが丸くなってしまった個体は、文字盤がどれだけ美しくても入手が躊躇われるもの。特にサブやGMTは本来のケースのエッジが立っているため、オーバーポリッシュはどうしても目立ってしまう。

だが、研磨と言ってもすべてをひとくくりにするのは間違いだと今の私は思っていて、私は下記の3つに分類している。
1)日本ロレックスサービスかそれに準じる技術を持つ工房による研磨
2)下手な業者さんによる研磨
3)素人による研磨

私は、1はむしろ推奨する立場なのだが、それはこのビジネスを始めたからではない。もっと前からだ。きっかけは入手したある中古ロレックス。それはワンオーナーのノンポリッシュ物でエッジはビンビンに立っていたのだが、ケースやブレスには結構な数の細かいスレ傷があった。どれも深いものではなかったのだが、ちょっとした心境の変化で私は物は試しとOH時、日ロレに研磨をお願いしてみた。別の理由で少々その購入が失敗だったと思える時計だったからということは正直に書いておく。早晩手放す予感がしていたということ。それが戻ってきたときの感動をどう言い表せばいいのだろうが。マジで感動ものであった。ケース痩せなどまったくわからないし感じない。帰宅してからその時計を手に取ってつくづく感動したのだ。こ、これはまるで新品であるなと。これが噂の日ロレ研磨かと。恐るべし日本ロレックスSC。

1967年に作られ、こんにちまでの50年間で、推定7~8人かあるいはもっと大勢の所有者を経てきて、その所有や売買の過程で何度も何度も研磨が繰り返されてきた個体と、5桁、6桁でここ数年1~2度研磨されてきた個体を、同じように研磨歴有りの時計とくくるのは絶対に違うと私は思う。

それ以来、私は個人所有の5桁以降は日ロレでのOH時には必ず研磨をしている。何の躊躇もない。ただしヴィンテージは別。すでに明らかに研磨歴の有る個体はケースバイケースの判断。

直近でHPに出したGMT16700。入ってきたときから誰が見ても本当に良い状態の時計だったのだが、それでもいくつかの薄いキズがあって、これはOH時、日ロレに研磨をお願いした。そうしたところ案の定、惚れ惚れする出来となって帰ってきた。問い合わせ段階で研磨歴有りと知って購入を取りやめた方が何名かいたのだが、私は出来ることならその人たちにそのビフォー・アフターをお見せしたかった。

未研磨を概念や観念として捉える人が多い気がする。「探すなら未研磨」。未研磨とは一度もケースやブレスが削られていない個体を言うのだが、そういう個体はデッドストックでもない限りは、通常では他人が付けた結構なキズがある時計のことである。ステンレスや無垢にキズがついている。もちろん観念としては、未研磨でキズがないものを望むのだろうが、ではあなたはたった一度の研磨を見抜ける絶対的な自信があるか。市場には「未研磨」を謳(うた)った個体は結構あるが、そもそも未研磨を証明することはとても難しいのだ。ほとんどが前所有者の自己申告でしかないし、あるいはその伝聞でしかない。私はリアルな個体を預かるものとして、証明できない未研磨というのをあまり過剰には謡いたくない。大事なことは観念としての「未研磨」ではなく、キズや磨きを含めて良い状態の時計かどうか、自分が買っても良い(売っても良い)状態の時計かどうか、リアルな時計を見て判断するその感性や眼力の方がよっぽど大事ではないだろうか。

気をつけるべきは、上記2や3によって下手に研磨された個体。エッジの角が丸くなったり、ラグ穴が垂直ではなくなるような下手くそな研磨は避けて然るべきだが、概念や観念としての「未研磨」に捉われるのではなく、よくよく個体を見て判断すべきだと私は思う。特に現行のGMTやデイトナなどのブレス中駒の鏡面部。元々ラグジュアリーな造りを目指した時計のそのキラキラの部分がすり傷だらけで、「未研磨」を誇るほうが私には奇異に思える。あの鏡面部は感動的なまでに元の輝きを取り戻す。またデイトナはベゼルに傷が付きやすいが、日ロレなら墨入れもやってくれる。ぜひ試してみていただきたいと思う次第である。時計についての「観念」は今の自分のテーマのひとつでもあるので、いずれ又書きたいと思うが、今日はこの辺りで。

2017年最初の更新

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、最近このブログが滞っていたのにはきちんとした訳があって、それは毎晩毎晩ヴィンテージの調べ物をしているからだ。これがもし受験だったら相当いい線を行くのではないかというほどに今の私は勉強熱心である。その情熱がどこから来るのか自分でもよくわからないのだが、少なくとも時計への思いを「買う」という行為にだけ向けていないのは健全だと思っている。日本には思った以上にヴィンテージ時計について詳細に書き記してくれているサイトが少ない。そのため、私がもっぱら参考にしているのは海外のフォーラムなのだが、海外のオタク度合はマジですごい。過去数年間のスレッドをたどれば、ほぼどんな疑問もそこで解決済みか、少なくともその糸口は示されている。当たり前の話だが、それはすべて英語、今は便利な時代で不明な英単語を右クリックすれば即座に意味はわかるのだが、さすがに肩は凝るし眼も疲れてしまい、とうとう更に視力が落ちて眼鏡の度が合わなくなってしまった。それが又肩こりを誘因するという悪循環。やれやれ。

で、夜な夜な何を調べているかというと、発売から今日までのヴィンテージ時計の変遷、それが自分のテーマ。品番が変わっての進化ではない。ひとつの個体が元はどういう形状やデザインであったか、そしてそれがどのように交換又は修復されて今日に至っているかを調べている。そこから見えてきたことがあるのだが、それはおいおいここで書いていくことになる。ひとつだけ書くなら、例えば1965年にサブマリーナを30歳で購入した人がいるとする。その人は1935年生まれだから今は80歳を超えているし、20歳で買っていたとしても70を超えている。そうなるとその世代の方は当然ネットの使用頻度はほとんどなく、こういうブログとかには書き記してくれていないので、その変遷の記録が極めて少ないのだ。それゆえ、それを辿るのは推理小説を読み解くことにも似ているし、限られた少ない書物から過去の歴史をひも解いていく行為にも似ている。そういった局面で大事なのは知識ではない。感性だと私は思っている。

ヴィンテージ市場において最も評価されるのはその個体がどれだけオリジナル性を保っているか(私は違う考え)。SがZだとか、裏赤、深彫りベゼル、針がどうとか、そこで語られる蘊蓄のほとんどはそうだ。だが、1965年に買われたサブは、夜光は焼けるわ、風防がプラだったせいで気密性にも乏しいわで、今とは違って数年で激しい経年劣化を起こし、幾度かのOHでのパーツ交換や文字盤修復(リダン含む)などはごく普通に行われていたと思われる。劣化しやすい針とブレスは当然だが、調べていくと意外と文字盤が交換されている個体がとても多い。おそらく昔はオリジナルではなくする行為を、「悪」又は「価値を減じるもの」と見なす考え方はあまりなかったのではないか。私の知り合いに年季の入ったコレクターがいるのだが、彼によると90年代頃はオールニューブームもあって、多くの人がこぞって手持ちを新しくしたという。手巻きデイトナの痛んだ文字盤なども。それがスモールデイトナだったりする。OHや売買の過程でキズだらけのベゼルや夜光の抜け落ちた針も又当たり前に交換したのではないだろうか。

オリジナル至上主義がここまで高まったのは2000年代に入り、ルミノバ夜光が登場、トリチウム文字盤とのアンバランスさが露わになったこと、更にはロレックス社がパーツの枯渇を理由にOHを拒否し始めたことが最大の要因ではないかというのが私の推論。つまりはその頃を境に、オリジナルを維持するのが極めて困難な時期に入ったと。

私は今は売る立場でもあるので、そういう変遷を推測しながら私なりの価値を見出だしていこうとしている。すべてがオリジナルで、かつ奇跡的な美を保っていれば、それはもう言うことなしだが、そんな個体は滅多にないし、あっても軽く数百万円の値がつけられている。そうではなく、当たり前にメンテされてきた個体をどう線引きし評価していくか、それが今の私の課題である。そのためには、まず元の形を知らなければならないし、そのバージョンも頭に叩き込まないといけない。そして手元に来た個体をどう維持又はメンテして次の世代へ引き継いでいけるか。個体によっては時計として限界に来ているスポロレはとても多い。

私自身の所有物もあれば、コレクターから借り受けているものまで、今私の手元には結構な数のヴィンテージロレックス(&チュードル)がある。同じモデルでもそれぞれまったく違う佇まいでそこに「在る」。比較的出来の良いものが多いので特にそう感じるのではあるが、それらは本当にすばらしい。そのため息が出るようなすばらしさを誰かと共有したいという欲求は私の中に確実にある。何度も書いてきたことなのでくどいがここでも書く。ヴィンテージ時計のすばらしさは世界に二つとないこと。工業生産物であるにも関わらずである。現行品だとそうはいかない。誰が買っても基本的には見た目も機能も同じモノ。だがヴィンテージでは、100個の5513はそれぞれ違う100の顔を持って私たちの前に現れる。何を選ぶか。そこで私たちは私たち自身が試される。その見識を、感性を、世界観をだ。

ベゼル、針、カレンダーディスク、竜頭、文字盤、レタリング…。50を過ぎて目をショボショボさせながら調べ物をしていてブログの更新が減っているのだという今日は言い訳。長年従事し今もやっている本業の「公」としての仕事がありながら、毎晩「私」として時計のことに費やしている労力と時間があまりにも無駄に思えてしまい、それなら一層のことそれも公私の「公」にしてしまえと時計ビジネスを立ち上げ、自分の行為に正当化を与えたのだということをゲロっておく。職業が先にあったのではない。先にあったのは情熱の方である、などとちょっと格好つけて久々&本年初の記事を終わる。結局のところ、現行もいい(新型デイトナやヨットマ・ダークロジウムは格好イイ)、5桁もいいし、ヴィンテージもいい。要するに時計はどれもが面白く魅力的である。2017年、皆さんの良き時計との出会いを祈り、そして私がそれを成しえることが出来たらサイコーである、よと。ああ肩が凝るし、腰も痛い、やれやれ(苦笑)。
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よい年を

早いもので今日で今年も終わり。みなさんと同様、私にも色々なことがあった2016年だった。

12月は、人とお別れするときに、「よい年を!」、「よい年をお迎えください」などと挨拶をするが、年齢が50を越えてくると「良い年」など贅沢だなあと思えてしまい、「悪くない年」であればもう十分だとすら思う。決して謙虚なのではない。年を取ってから起きる悪いことって本当に悪いことだから。

それでもやっぱり、良い年を!

また来年お会いしましょう。

時を経るということ

私は法人として時計ビジネスを遂行しながらも、いまだ個人としての時計好きであることはやめていない。セラーでありながら、公私ともにバイヤーであり続けているし、これからもそうである。日々探し求めている。

個人としては今はヴィンテージ一本である。様々なヴィンテージを見て回っているが、その多くは経年により変化、いや劣化しており、どこまでを自分の許容のポイントとするか、それを計っている日々。単純な文字盤交換や明らかなリダンは見抜けるようになっているが、そういう「手を加える」という過程を経た時計は当初考えていたよりもずっと多い。おそらく昔は、パーツを交換することは今以上当たり前に行われていたと推測され、特に針と文字盤のラジウムやトリチウムによるそれらの焼けや変化は、今でこそ「ヤレ」として評価されるが、当時はただの劣化という認識として、修理やOHのたびに交換されてきたのではないか。針やケースの錆びによる交換ももまた然り。そうやって「お祖父さんの舟」はどんどん補修されていったのだ。

「お祖父さんの舟」。以前このブログで記事にした。あまり好評ではなかったように感じているが、ヴィンテージに向かうにあたって私にとってはエポックメイキングな考察だったことをここに書いておく。あれを通過することで私は自分の行くべき道が見えたとすら思っている。この記事⇒お祖父さんの舟

海にも出ないで後生大事にされてきた舟(ヴィンテージロレックス)はお宝として今や数百万円、時には数千万円の価値を持つが、そんな時計は稀であり、多くの古い時計は修復とカスタマイズ、そして売却のたびに繰り返されてきた研磨によって、原型からはずいぶんと違った風合いになっていて、それも味といえばそうだし、ただのボロイ時計と言うこともできる。

30年も40年も昔の商品がオリジナルの形で残っていることは稀有だし、そもそも磨かれていない新品時のケースやラグはどんな感じだったのかよくわからない。市場にある時計の多くは想像以上に変貌している。GMTマスター1675は私の大好きなヴィンテージ時計だが、余りにも多くの個体のシリアルと文字盤が合致しない。かなりの確率で後年の交換用サービスダイヤルが装填されているのだが、それが説明されていることはほとんどない。

そこで今日は40年前の世界に行ってみる。時は1977年あたり。私は14歳の中学生。高度経済成長の余韻の中、世は前年のロッキード事件で湧きあがり、キャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」と言って解散し、王貞治が756本目のホームランを打った年だ。下記の写真をご覧あれ。海外のフォーラムで紹介されているもの。発売当時、おそらくは1977年当時のGMTマスター1675である。

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どうだろうか。これは1970年代後半に発売されて以降、まったく手つかずの状態で2016年を迎えた奇跡の個体。感性は人それぞれゆえ強制することはできないが、私はこの写真と記事を発見したときに言葉を失くすほどの感動を覚えた。何と美しく素敵な時計であろうかと。ため息しか出ない。もちろん針とインデックスはほのかに焼けてはいるので、当初とは違うだろう。ちなみにベゼルは元々は黒だったらしく、それは別の写真で披露されていてほぼ褪色していない黒のままで、このペプシベゼルは所有者が交換して撮影したとのこと。だが私が見ていただきたいのは次の写真である。

そのラグである。痺れるようなこのエッジの美しさ。当たり前のことではあるが、1675にもこういう時期があったのだと改めて思う。

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そう、発売当初のGMT-MASTER 1675 はこんなにも格好良い時計だったのだ。この数年後に、夜光を流し込む作業を容易化するためのスポーツ系ロレックスのインデックスには縁が作られ、それは効率という名の進歩ではあったろうが、美的感覚から言えば多くの人はやはりフチなしに憧れるこの事実。70年代の時計ですらこうなのだから、漆黒のミラーダイヤルがGILT(金色)文字で彩られた60年代前半の時計はいかほどまでに素晴らしかったことであろうか。発売当時のその美しさはもはや想像を絶するほどだったに違いない。

おそらくは時計だけではない。カメラもオーディオもバイクも車も、それらの黎明期には技術者や職人の手作りにより、今とはまったく違う魂の入り方をしていたのではないか。コスト減と効率を重視していく文明の発展は確かに進歩ではあろうが、同時に人は何かを失うのだ。とても大事な何かを。

この写真のような状態を出発点として、時計は様々な人の手に渡り、様々な手を加えられて、今私たちの目の前に現れる。私たち自身が年を取り、経年によって変化、退化、劣化しても、我々もまたその青春期にはこのような輝きを放っていたことを思い出そう。相手もまた同様だ。そして、お互いに時を経て出会うことは素敵なことだ。かつての面影を感じつつも今この瞬間の相手(時計)を愛すること。言ってみれば、それがヴィンテージの楽しさであり、多少大げさに書けば「道」でもあるのだろう。

レア物予告

ここ数日で手巻きデイトナをはじめ委託品が順調に売れてよかったよかったと胸をなで下ろしている。買い取り商品以上に委託品はプレッシャーなのだ。特に価格をあそこまで落としたヴィンテージのシード1665(HOLD)は売り切らないと駄目だと考えていただけに素直にうれしい。

近々、というか早ければ今日にでも5桁レアモノ3本を一気にHPにてアップする予定。レア好きな方はお楽しみに。併せてHOLDの規定を更新したので、「ご利用ガイド」ご一読をお願いする次第。

昨日は寒かった。もう12月である。何かと気ぜわしい時期。インフルも流行兆し有り、体調には気をつけてこの師走を乗り切っていただきたい。マスクと手洗いを忘れずに。
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