2017年最初の更新

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

さて、最近このブログが滞っていたのにはきちんとした訳があって、それは毎晩毎晩ヴィンテージの調べ物をしているからだ。これがもし受験だったら相当いい線を行くのではないかというほどに今の私は勉強熱心である。その情熱がどこから来るのか自分でもよくわからないのだが、少なくとも時計への思いを「買う」という行為にだけ向けていないのは健全だと思っている。日本には思った以上にヴィンテージ時計について詳細に書き記してくれているサイトが少ない。そのため、私がもっぱら参考にしているのは海外のフォーラムなのだが、海外のオタク度合はマジですごい。過去数年間のスレッドをたどれば、ほぼどんな疑問もそこで解決済みか、少なくともその糸口は示されている。当たり前の話だが、それはすべて英語、今は便利な時代で不明な英単語を右クリックすれば即座に意味はわかるのだが、さすがに肩は凝るし眼も疲れてしまい、とうとう更に視力が落ちて眼鏡の度が合わなくなってしまった。それが又肩こりを誘因するという悪循環。やれやれ。

で、夜な夜な何を調べているかというと、発売から今日までのヴィンテージ時計の変遷、それが自分のテーマ。品番が変わっての進化ではない。ひとつの個体が元はどういう形状やデザインであったか、そしてそれがどのように交換又は修復されて今日に至っているかを調べている。そこから見えてきたことがあるのだが、それはおいおいここで書いていくことになる。ひとつだけ書くなら、例えば1965年にサブマリーナを30歳で購入した人がいるとする。その人は1935年生まれだから今は80歳を超えているし、20歳で買っていたとしても70を超えている。そうなるとその世代の方は当然ネットの使用頻度はほとんどなく、こういうブログとかには書き記してくれていないので、その変遷の記録が極めて少ないのだ。それゆえ、それを辿るのは推理小説を読み解くことにも似ているし、限られた少ない書物から過去の歴史をひも解いていく行為にも似ている。そういった局面で大事なのは知識ではない。感性だと私は思っている。

ヴィンテージ市場において最も評価されるのはその個体がどれだけオリジナル性を保っているか(私は違う考え)。SがZだとか、裏赤、深彫りベゼル、針がどうとか、そこで語られる蘊蓄のほとんどはそうだ。だが、1965年に買われたサブは、夜光は焼けるわ、風防がプラだったせいで気密性にも乏しいわで、今とは違って数年で激しい経年劣化を起こし、幾度かのOHでのパーツ交換や文字盤修復(リダン含む)などはごく普通に行われていたと思われる。劣化しやすい針とブレスは当然だが、調べていくと意外と文字盤が交換されている個体がとても多い。おそらく昔はオリジナルではなくする行為を、「悪」又は「価値を減じるもの」と見なす考え方はあまりなかったのではないか。私の知り合いに年季の入ったコレクターがいるのだが、彼によると90年代頃はオールニューブームもあって、多くの人がこぞって手持ちを新しくしたという。手巻きデイトナの痛んだ文字盤なども。それがスモールデイトナだったりする。OHや売買の過程でキズだらけのベゼルや夜光の抜け落ちた針も又当たり前に交換したのではないだろうか。

オリジナル至上主義がここまで高まったのは2000年代に入り、ルミノバ夜光が登場、トリチウム文字盤とのアンバランスさが露わになったこと、更にはロレックス社がパーツの枯渇を理由にOHを拒否し始めたことが最大の要因ではないかというのが私の推論。つまりはその頃を境に、オリジナルを維持するのが極めて困難な時期に入ったと。

私は今は売る立場でもあるので、そういう変遷を推測しながら私なりの価値を見出だしていこうとしている。すべてがオリジナルで、かつ奇跡的な美を保っていれば、それはもう言うことなしだが、そんな個体は滅多にないし、あっても軽く数百万円の値がつけられている。そうではなく、当たり前にメンテされてきた個体をどう線引きし評価していくか、それが今の私の課題である。そのためには、まず元の形を知らなければならないし、そのバージョンも頭に叩き込まないといけない。そして手元に来た個体をどう維持又はメンテして次の世代へ引き継いでいけるか。個体によっては時計として限界に来ているスポロレはとても多い。

私自身の所有物もあれば、コレクターから借り受けているものまで、今私の手元には結構な数のヴィンテージロレックス(&チュードル)がある。同じモデルでもそれぞれまったく違う佇まいでそこに「在る」。比較的出来の良いものが多いので特にそう感じるのではあるが、それらは本当にすばらしい。そのため息が出るようなすばらしさを誰かと共有したいという欲求は私の中に確実にある。何度も書いてきたことなのでくどいがここでも書く。ヴィンテージ時計のすばらしさは世界に二つとないこと。工業生産物であるにも関わらずである。現行品だとそうはいかない。誰が買っても基本的には見た目も機能も同じモノ。だがヴィンテージでは、100個の5513はそれぞれ違う100の顔を持って私たちの前に現れる。何を選ぶか。そこで私たちは私たち自身が試される。その見識を、感性を、世界観をだ。

ベゼル、針、カレンダーディスク、竜頭、文字盤、レタリング…。50を過ぎて目をショボショボさせながら調べ物をしていてブログの更新が減っているのだという今日は言い訳。長年従事し今もやっている本業の「公」としての仕事がありながら、毎晩「私」として時計のことに費やしている労力と時間があまりにも無駄に思えてしまい、それなら一層のことそれも公私の「公」にしてしまえと時計ビジネスを立ち上げ、自分の行為に正当化を与えたのだということをゲロっておく。職業が先にあったのではない。先にあったのは情熱の方である、などとちょっと格好つけて久々&本年初の記事を終わる。結局のところ、現行もいい(新型デイトナやヨットマ・ダークロジウムは格好イイ)、5桁もいいし、ヴィンテージもいい。要するに時計はどれもが面白く魅力的である。2017年、皆さんの良き時計との出会いを祈り、そして私がそれを成しえることが出来たらサイコーである、よと。ああ肩が凝るし、腰も痛い、やれやれ(苦笑)。
1680-3.jpg

よい年を

早いもので今日で今年も終わり。みなさんと同様、私にも色々なことがあった2016年だった。

12月は、人とお別れするときに、「よい年を!」、「よい年をお迎えください」などと挨拶をするが、年齢が50を越えてくると「良い年」など贅沢だなあと思えてしまい、「悪くない年」であればもう十分だとすら思う。決して謙虚なのではない。年を取ってから起きる悪いことって本当に悪いことだから。

それでもやっぱり、良い年を!

また来年お会いしましょう。

時を経るということ

私は法人として時計ビジネスを遂行しながらも、いまだ個人としての時計好きであることはやめていない。セラーでありながら、公私ともにバイヤーであり続けているし、これからもそうである。日々探し求めている。

個人としては今はヴィンテージ一本である。様々なヴィンテージを見て回っているが、その多くは経年により変化、いや劣化しており、どこまでを自分の許容のポイントとするか、それを計っている日々。単純な文字盤交換や明らかなリダンは見抜けるようになっているが、そういう「手を加える」という過程を経た時計は当初考えていたよりもずっと多い。おそらく昔は、パーツを交換することは今以上当たり前に行われていたと推測され、特に針と文字盤のラジウムやトリチウムによるそれらの焼けや変化は、今でこそ「ヤレ」として評価されるが、当時はただの劣化という認識として、修理やOHのたびに交換されてきたのではないか。針やケースの錆びによる交換ももまた然り。そうやって「お祖父さんの舟」はどんどん補修されていったのだ。

「お祖父さんの舟」。以前このブログで記事にした。あまり好評ではなかったように感じているが、ヴィンテージに向かうにあたって私にとってはエポックメイキングな考察だったことをここに書いておく。あれを通過することで私は自分の行くべき道が見えたとすら思っている。この記事⇒お祖父さんの舟

海にも出ないで後生大事にされてきた舟(ヴィンテージロレックス)はお宝として今や数百万円、時には数千万円の価値を持つが、そんな時計は稀であり、多くの古い時計は修復とカスタマイズ、そして売却のたびに繰り返されてきた研磨によって、原型からはずいぶんと違った風合いになっていて、それも味といえばそうだし、ただのボロイ時計と言うこともできる。

30年も40年も昔の商品がオリジナルの形で残っていることは稀有だし、そもそも磨かれていない新品時のケースやラグはどんな感じだったのかよくわからない。市場にある時計の多くは想像以上に変貌している。GMTマスター1675は私の大好きなヴィンテージ時計だが、余りにも多くの個体のシリアルと文字盤が合致しない。かなりの確率で後年の交換用サービスダイヤルが装填されているのだが、それが説明されていることはほとんどない。

そこで今日は40年前の世界に行ってみる。時は1977年あたり。私は14歳の中学生。高度経済成長の余韻の中、世は前年のロッキード事件で湧きあがり、キャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」と言って解散し、王貞治が756本目のホームランを打った年だ。下記の写真をご覧あれ。海外のフォーラムで紹介されているもの。発売当時、おそらくは1977年当時のGMTマスター1675である。

1675-1-1.jpg

どうだろうか。これは1970年代後半に発売されて以降、まったく手つかずの状態で2016年を迎えた奇跡の個体。感性は人それぞれゆえ強制することはできないが、私はこの写真と記事を発見したときに言葉を失くすほどの感動を覚えた。何と美しく素敵な時計であろうかと。ため息しか出ない。もちろん針とインデックスはほのかに焼けてはいるので、当初とは違うだろう。ちなみにベゼルは元々は黒だったらしく、それは別の写真で披露されていてほぼ褪色していない黒のままで、このペプシベゼルは所有者が交換して撮影したとのこと。だが私が見ていただきたいのは次の写真である。

そのラグである。痺れるようなこのエッジの美しさ。当たり前のことではあるが、1675にもこういう時期があったのだと改めて思う。

1675-2-2.jpg

そう、発売当初のGMT-MASTER 1675 はこんなにも格好良い時計だったのだ。この数年後に、夜光を流し込む作業を容易化するためのスポーツ系ロレックスのインデックスには縁が作られ、それは効率という名の進歩ではあったろうが、美的感覚から言えば多くの人はやはりフチなしに憧れるこの事実。70年代の時計ですらこうなのだから、漆黒のミラーダイヤルがGILT(金色)文字で彩られた60年代前半の時計はいかほどまでに素晴らしかったことであろうか。発売当時のその美しさはもはや想像を絶するほどだったに違いない。

おそらくは時計だけではない。カメラもオーディオもバイクも車も、それらの黎明期には技術者や職人の手作りにより、今とはまったく違う魂の入り方をしていたのではないか。コスト減と効率を重視していく文明の発展は確かに進歩ではあろうが、同時に人は何かを失うのだ。とても大事な何かを。

この写真のような状態を出発点として、時計は様々な人の手に渡り、様々な手を加えられて、今私たちの目の前に現れる。私たち自身が年を取り、経年によって変化、退化、劣化しても、我々もまたその青春期にはこのような輝きを放っていたことを思い出そう。相手もまた同様だ。そして、お互いに時を経て出会うことは素敵なことだ。かつての面影を感じつつも今この瞬間の相手(時計)を愛すること。言ってみれば、それがヴィンテージの楽しさであり、多少大げさに書けば「道」でもあるのだろう。

レア物予告

ここ数日で手巻きデイトナをはじめ委託品が順調に売れてよかったよかったと胸をなで下ろしている。買い取り商品以上に委託品はプレッシャーなのだ。特に価格をあそこまで落としたヴィンテージのシード1665(HOLD)は売り切らないと駄目だと考えていただけに素直にうれしい。

近々、というか早ければ今日にでも5桁レアモノ3本を一気にHPにてアップする予定。レア好きな方はお楽しみに。併せてHOLDの規定を更新したので、「ご利用ガイド」ご一読をお願いする次第。

昨日は寒かった。もう12月である。何かと気ぜわしい時期。インフルも流行兆し有り、体調には気をつけてこの師走を乗り切っていただきたい。マスクと手洗いを忘れずに。

バブルの頃とは位置づけが変わったロレックス

私はバブル期に社会人となった。当時は「新人類」などといわれ、日本経済は世界を席捲するかの勢い、夜の街は活気にあふれ、深夜のタクシーは止まってくれず、先輩が本当に一万円札をかざしてタクシーを止めようとしたことを良く覚えている。給料も年に10%近く昇給していた記憶がある。1980年代後半から1990年代前半の話。都内のマンションは億に近くなり、それでも誰もがもしかしたら自分も手が届くのではと妄想した時代。株価は3万円を超え、至るところに土地成金や株成金が発生し、街の様子は開発によって月単位で変わっていった。当時のロレックスといえば、コンビのデイトジャストが定番。夜の街で何本のそれを見たことか。30代でバブルは弾けたが、まだ日本は裕福さの余韻の中にいた。

バブルの時代、日本の農協のおじさんたちが胸にメイド・イン・ジャパンのカメラをぶら下げ、傍若無人にパリやロンドンを闊歩し、彼の地の人々の眉をひそめさせた、同じことが今はトーキョーで起き、我々は近隣諸国人の振る舞いに眉をひそめる。ノーベル賞を受賞したディランが半世紀も前に「時代は変わる」で予言したことを我々はいま経験している。そうそうボブ・ディラン。ここのブログタイトルは彼の曲「watching the river flow」から拝借している。

本格的な曲がり角はネットと携帯電話が普及してからという気がする。物を売ることで成り立っていたあらゆる業種崩壊が始まり、次には情報に金銭価値を付与していた企業が致命傷を受けることになった。考えてみて欲しい。つい20数年前、私たちは時間や天気を知るにも、117や177で電電公社に金を払っていたではないか。今ではそれらどころかあらゆるニュースや情報も無料で手に入る時代に生き、情報を売りにかつては花形産業であった新聞社や出版社が存続の危機にさらされている。それに、何よりもネットは不正やまやかしのベールをはがした。企業が勝手につけた価値(value)が実はそれほどではないことを露呈した。世界はすさまじい勢いで変化を続けている。そういう意味でインターネット革命は18世紀の産業革命よりはるかに巨大な変革であった。利便性の代償として人は貧しくなる。何と大きな代償であったことか。

だが、私はこうも思っている。物を売り、お金が豊かになると幸福になれると信じて頂きを目指した日本人はバブルのあの時代、モノやカネでは幸福にはなれないのだということを知った。その頂きで呆然となった。限りある命を生きる人間はそういうことでは幸福にはなれないのだということを最初に知ってしまった人種ではなかろうかと。今、新興国はかつての日本の行った道をたどる。たぶん彼らもまた彼らの頂きにおいて、そのことを知るに違いない。

かつては富の象徴であったロレックス。だがもう違う気がする。バブルのあの時代とはあらゆるものが変わったのだ。最も優れた種は「変化に対応する種」だと言う。たぶん、我々もまた変わらなければならない。もう我々が生きている間に、日本経済が復活することはないかもしれない。だが、そんなことは関係ない。結局最後は個人の問題であり、個人の戦い。国のせい、社会のせいにして不満を書き並べても意味はない。最後は自分だ。自分の境遇と運命を受け入れ、でも努力の余地はあると信じ、自分のため、家族のため、仲間のため、人のためにと懸命に働き、生きる人の勲章としてのロレックス。ロレックスの位置づけもまた変わったのだ。神田神保町にはそういう人が求める勲章を置いておく。自分自身もまたその渦中にいる人間からの、「お互いがんばろう!」のメッセージとして私は良質な個体を集め、誰かの代人としてそれを手渡したいと思っている。「お互いこれからもがんばろう」と。それが、私が始めたことの最大の意味であり意義である。

相場の話(改改定版)

モノを売るにあたって一番大事なのはプライシング(値付け)である、と私は常々思っている。私は前職で専門家に就いてプライシングを徹底的に勉強した。その商品が売れる売れないの大方は値付けで決まる。逆に書けば、商品の値付けを最初に間違えると、それを売り切るのは至難の業となってしまう。

まず市場価格というのがある。実勢価格や相場ともいう。ネットを叩くと楽天やヤフオク、あるいは各時計ショップのサイトや楽天あたりで該当時計の相場は瞬時にわかる。だがしっかりと書いておく。ネットを叩けばいつでも買える時計の価格、あれらが「適正価格」なのではない。それは絶対に違う。では、あの価格は何なのか。私個人の見立てとして以下に書く。

あれらは単に「昨日も今日も売れなかった時計の価格」でしかない。昨日も買え、今日も買え、たぶん明日も買える価格。いや、下手をすると一か月前にも買うことができ、そしてかなりの確率で一か月後にも買える時計の価格でしかない。つまりは初動に失敗した売れ残りプライス。良い価格の時計など、下手をするとHPに出した午前11時の1時間後に売れて、昼過ぎには売っていた形跡すら無くなったりするのだ。ONOMAXさんが良い例。私は楽天でいくつかの時計をアラート登録しているが、朝にメールが来てすぐにスマホでその店のHPに行っても、良い値付けをされた時計の大抵はすでに売り切れている。まだ寝ている時間に人が買ってしまうというわけ。朝が遅い夜型人間には少々つらい。そうやって足の早い時計は私や皆さんが知らないところで売れているのだ。ネットで世界がつながってからは良くも悪くもそういう時代になった。

今は時計も二極化の時代。すぐに売れる時計といつまでも売れ残る時計。なぜか。価格が今の日本人の財布に見合っていない、つまり高いから。そして残念ながら供給が需要を超えているから。前述のように良い値付けの時計、状態が抜群のヴィンテージ時計、希少モノなどは出てきたらアッという間に売れてなくなる一方で、ありきたり価格の時計はダブついてしまっている。従って、そういった「売れ残りプライス」を相場だと思って個人がヤフオクや委託でその価格を付けてもなかなか売れない理由はここにある。

賃貸物件などもそう。郊外ではなかなか借り手が見つからないし、都内でも事務所物件は空き家だらけである。いつも不動産屋のガラスに貼ってあるものの多くは売れ残り物件。良い物件は時間勝負で契約が決まっていると懇意にしている不動産屋のオヤジさんもそう言った。不動産屋滞在中に、ガガガガガとFAXで送信されてきたり、添付メールで送られてくる新着の中に勝負に出たオーナーによる出物物件があり、それは時間や分単位で仲介会社たちの取り合いになるそうな。ここも二極化。本質的には中古時計業界とまったく同じではないか。

結局インターネットが世界を変えたのだ。こいつが登場する前、顧客は圧倒的に不利だった。情報を持てなかったからだ。自分の足で店を回ってもせいぜい数店舗、それでは本当の横の比較はできない。だからメーカーも小売りもある程度は意のままの値付け、つまりは利幅の高い値付けができた。だが今は違う。劇的に違う。情報は世界に公開され、比較されてしまう。横暴なプライスなど見向きもされない。顧客は情報を握り、前回書いたように今や個人も事業者となり、ひんぱんに売買をおこなう時代である。労せず無料で手に入る情報などたかが知れているのだ。

インターネットはあらゆる既存価値(ヴァリュー)を破壊した。つまりこれまでプライスが付いていたものを無力化したと言っても良い。ネットで世界中のニュースが無料で手に入る時代に大手新聞社が青息吐息なのは当然のこと。この大きなうねりは既存のビジネスを直撃し、あらゆるビジネスが薄利になったのは、もはや世の流れ。郊外や地方のみならず都会でも小さな商店はどこもシャッターが閉まったまま。それが良いとはまったく思わないが、リアルにそういう時代がやってきたのだ。

今日、ヤフーオークションで、あるヴィンテージロレックスが80万円台で落札された。出品者が付けた価格通りであっさりと売れるのなど珍しいことだが、モノも良かったし、価格も「相場」よりは15万円は安かった。あるべきオークションの姿だと私は思った。そしてその時計よりも15万円高い「相場」通りの時計たちは今日も売れ残り、そしてたぶん明日も売れ残る。長くなったので今日はここまで。また改めてプライスについては思うところを書きたい。

個人事業主

前回の記事で私は「やってみてわかったことがある」と書いた。その内のひとつを書いておく。それは、みなさん時計好きも実体は時計売買の(個人)事業者なのだということ。そう言われても???と違和感を覚えるだけかもしれないが考えてもみて欲しい。みなさんはコンビニで買ったパンやチョコレートやジュースをリセールしているだろうか?それらは消費して終わっているはずで、そこにおいてみなさんは確かに消費者である。コンサートチケットを買えば、基本的にはライブを見にいくし、ランチを食べれば食べて終わっている。つまり最終消費者であり顧客である。だが時計は違うはず。100%純増を貫いている人は別だが、時計に関しては、大抵の人が買うと売るを繰り返している。私もまた法人化して買うと売るを繰り返している。つまり同じ立場なのだ。友人同士での個人間売買であろうともヤフオクでの売買であろうとも、通常の店舗での売買であろうとも、ロレ好きたち(過去の私も)がやっていることはほぼ時計売買であり時計ビジネスである。

私も数カ月前までは自分を消費者だと思っていた。マーケットにおける客だと思っていた。だが、これまでの個人としての時計売買をきちんと記載してきた私的な過去のエクセルシート見れば、これ義務として課せられている法人の「古物台帳」とまったく同じではないか!確かに、私は個人として買い手でもあったのだが、しっかりと売り手でもあったのだ。いや、実際のところ新たに事業として未知の世界に飛び込んだつもりが、何だか今までとあまり変わりはないというか、ハハハ、書いていて笑ってしまうな。いやそれが実感なわけで…。

法人や事業を馬鹿にしているわけではない。確かに責任の重さは個人とは違う。だが何というか、本質だけを見据えれば同じだと思えて仕方がない。ここに集う多くの時計好きは個人とはいえ、すでに相当なプロフェッショナル。日々ショップのHPをチェックし、ブログを読む多くのロレ好きは法人と変わらぬ情報をしっかりと持っているし、相場観も持って動いている。私よりも深い知識を有する者も山ほどいることだろう。ナンダそうだったのか。本質は時計を買って売ること。過去の私個人も時計を買って売る、皆さんも時計を買って売る。本質を見据えれば法人だろうが個人事業者だろうが同じ。それが前回書いた、やってみてわかったこと。これは法人化しなければ、少なくとも私は気づけなかったと今も思う。

ひとつ補足。私はサラリーマンを辞めてからは個人の確定申告を税理士に依頼しているが、個人の時計売買の申告はしっかりとさせられている。マイナンバーで今や全員に網はかかっていると考えた方が良い。年間トータルの差益が20万円を超えたら要申告だ。そこにおいてお上の認識もまた、時計売買を行う人は個人事業者なのだ。「並行店が値を釣り上げて」「プレ値をつけて」という記述をよく散見する。確かに値を釣り上げているショップもあるのだろうが、顧客もまた売却時には少しでも高く売り抜けたいわけで(今のヤフオク個人出品の多くは法外な値付けであることは周知の事実)、そんなこんなの皆の思惑が混然一体となって、たぶん誰もが高いと感じている今の相場を形成している。ひとつのショップが、あるいは個人が価格を左右することは無理だ。需要のない法外な値付けなど無視されて売れ残るだけ。今はネットで世界はつながっており、もっと巨大なうねりのような流れ、ありとあらゆる人間の欲望を抱合した大きなうねりが相場を作る、まさに「神の見えざる手」。その相場については思うところあるが、それは次回。

法人としてやっていくと決めて実際に動き出した以上、私は少しでも長くこのビジネスを継続していけることを目標としているが、皆さんもまたこの先時計を趣味として続けていく以上、この大きなマーケットを構成する重要な一員(マーケッター)という認識を持って良いと私は思う。大事なのは情報とネットワーク。その広さ、多さ、深さ。それが個人のハッピーにつながる。そして何よりもそのネットワークは親しくフレンドリーな関係であったほうが良い。それが最も大切なことかもしれない。最後の最後、商売というのは人と人との向き合いだと思うので。私もまたこれからそういう人脈を築いていかないといけないのだなと痛切に感じている次第。今日はこの辺りで。

一か月が経ち

ショップ宛に届くメール、あるいは訪問者ご本人から決まって「ブログを読んでいます」「ブログのファンです」とありがたい言葉をいただく。うれしいやら恥ずかしいやら。人気上位ブログではないのにやっぱり素直にうれしいのである。続けてきてよかったなあと思える。人に喜んでもらえることが何よりうれしくなるのは年を取ったからかもしれない。腰痛のお見舞いのメールもたくさん頂き感謝。もう出歩けるようになっている。

今日でオープンから丁度一か月。あっという間だったかというとそうでもなく淡々と流れた観。たった一か月なのに、やってみてわかったことがたくさんある。ふむふむ、そうだったのかと。これまでは砂浜から海を眺めていたのが、今は海から浜辺を眺めるごとく見える景色はまったく違う。今の私は前と真逆のポジションからかつての私を眺めている。

新しい時計が入ってくるとわくわくする。それが最も楽しいこと。使い込まれた時計、大事にされてきた時計、さまざま。今さらながら私は自分が時計好きなのだと知る。6桁も良い。先日売れたヨットマスターなど、眺めているだけで吸い込まれそうになるほどの美をまとっていた。ヴィンテージもまた。今日アップした手巻きデイトナ6263など見た瞬間言葉無く、ただ「・・・」と唸ったのだが、それはある種の畏怖にも近い感情であった。古き良き時代のロレックスの凄みと言おうか。ヴィンテージ時計は工業製品でありながらも、経年による芸術品でもあるのだと改めて知った次第。

WEBや店頭に出していない時計が実はたくさんある。チェックやメンテが追い付いていない。中にはなかなかの秘蔵品やレア物もあるし、私個人が大事にしてきた所有時計ももう少し出していく予定。まあゆっくりと進もうと思っている。ちなみにこれまでに販売した時計では、最初のシードV、チュードル青サブ、チュードルカマボコが私個人の愛用品だったもの。どれも極美品だったはず。大事にしていただけるとうれしい。

委託品が増えてきて全部を展示できなくなりつつあり、基本的にそれらは銀行の金庫に保管しているので、ご来社前に連絡していただいたほうが確実。その委託、大大大歓迎なのだが、これから委託品を提供していただける方に値付けのことでひと言。いや、また長くなりそうなのでそれはまたの機会に。何はともあれこの一カ月に感謝申し上げたい。人とモノと運と縁に。ありがとうございました。

またやってしまった

またやってしまったのである。何を??いや、腰である。先々週の日曜日23日の早朝、海外のディーラーとのGMTマスターのひじょうに気を遣うやり取りがあり、それこそ土曜日夜から日曜早朝までデスクに向かったままぶっ通しで10時間の英語のやり取り。たぶんこれで疲労が溜まったのだろう。翌日月曜日の朝にぐきっとやってしまった。女房殿と娘が笑う笑う。ちくしょー、家出してやる!と、それはもちろんジョークだったのだが、這うようにして事務所へ行ったら、それから数日本当に家に帰れなくなった。痛くて動けないのだ。床にトゥルースリーパーを引いて仰向けに転がっていた。くしゃみが怖いのでマスクして。情けない。ようやく歩行可能となったのは木曜日。どうしても神保町のショップに顔を出さないといけない用事があり、タクシーには乗れない(身をかがめられない)ので、歩きはしたものの牛歩状態。三輪車の子どもに「どいてー」と抜かれる始末。参った、参った。腰は本当につらい。きっかけはいつものように歯磨きで。「オエっ!」て。奥をゴシゴシ磨きすぎなのだろうな。

その疲労の元となった交渉は16710のM番だったのだが結局流れた。やはりM番の仕入れはひじょうに高い。スティックの赤黒。店に出すと中古でも軽く250オーバーになってしまうのと、やや取引内容に関して不安点があったため、私のほうからキャンセル。だが、本当に疲れたのは、ちょうど先々週から着手していた前回1675の記事かもしれぬ(ハハハ)。最終的にアップしたのはまさに激痛のさなか、これが回復を長引かせたのはたぶん間違いない(苦笑)。

先週売りに出たONOMAXさんのファットレディーは不思議。シリアル439のファットレディー?1976年にキャリバー3085?こんなことってあるのだろうか。不思議だけどすごく面白い。最高!誰か解明したら教えて欲しい。まだ机に向かうとつらいので今日はこの辺で。皆さんも体調には十分にご注意を。健康は大事です。あと普段の運動と食事も。もう若くない人は特に。

1675の文字盤、その他について

裕次郎さんの1675の現物を見てからというもの、ずっと気になっていたことがあって、それはそういえばGMTの文字盤の違いをアップしていなかったなあと。この文字盤を説明する記事は20本書くぐらいの労力で好きではないというか苦痛である。それに実はあまり訪問者に喜ばれていないことも私は密かに感じてはいる。何となくわかるのだ。微妙に拍手の数だとか、残されるコメントのニュアンスとかで。それでもそろそろこういうところに書いておかないと私も忘れてしまいそうだ。ということで、今日はヴィンテージ1675の文字盤をパート1から7まで。興味のない人はスルーで。

GMTマスターの2世代目である1675は、1960年頃にそれまでの6542の後継として竜頭ガードを備えて登場、その初期はサブと同じようにギルトだ、サークルミラーだ、PCG(とんがり竜頭ガード)に小針だ、アンダーラインだとバリエーションも豊富。人気はやはり外周(ミニッツサークル)があり、さらに光沢のあるミラーダイヤルか。これらはリベルタスさんによく魅力的な個体が出るので、興味のある人はまずそこへ。そんなことは常識ではあろうが、あえて初心者の人に。ちなみにウォッチ・ザ・ウォッチに行っても一本もない(笑)。

話を戻すと、60年代の半ばに文字盤はマットに移行。そこから80年代初頭まで続いたあと後継の16750にバトンタッチした。今日はその約15年間に生み出された1675のマットダイアルの違いについて。その種類には諸説あってマーク1から5まで分類する人もいれば1から7までの人もいる。あるいはマーク5にいくつかの亜流があるとする人もいる。後述するが私はマーク7まで分類している。 説を変えたので以下は新しく書き起こした。まずはマーク3までの紹介。

1675-MK1-z.jpg

MK-1 ロングE。王冠マークの下のR-O-L-E-X のEの真ん中の横棒が長い


1675-MK2-z.jpg

MK-2 字体が太く、OYSTER と PERPETUAL の間がやや広い


1675-mk3-y.jpg

MK-3 レタリングよりもむしろインデックスに注目。
秒数を示すラインが長く、インデックスが中央に寄っている。


マーク3までは大雑把に書くと大体こんな感じ、ここまではほぼ定説でフィックスされている。で、ここからが面倒。実はマーク4以降は人によって意見が違い、海外フォーラムでも喧々諤々。それらをすべて紹介はできないので一応私の見立てというのを載せる。違うという意見もあるだろうが、あくまで私の見解ということで。深く知識を得たい人はそれぞれでお願いしたい。個人的な意見としては、マークいくつかという分類などは実際のところどうでもよい。特にこの4以降はひとくくりにしても良いレベルである。

1675 mk4-1

MK-4


1675 mk5-1

MK-5


1675 service-1

交換ダイヤル


おいおい、どこがどう違うか書けよ!という声なき声が聞こえる。下の3行の位置関係が微妙に違う。私はMASTERのAと下の2行HとCの位置関係を頭に入れている。他にも例えば4と5と交換ダイヤルでは、GMT の T と真下の I の位置がどれも違うことがわかる。上記の4と5以外にも違うダイヤルはあるのだが面倒なので。人によって異説があることを書いておく。いろいろな意見があるということで。

これらが1~5とサービスダイヤルまで。やはり4以降は微細な違いなので、マーク1,2,3とそれ以外という括りりでよいかなとも思うが、オタクの世界はそうもいかない。海外のサイトとか一度見て欲しい。大の大人が何日間も論争や激論を交わしているのだ。まったくアホだが、愛すべき阿呆どもだ。もちろん私もあほだ。

数えた訳ではないので感覚で書くが、希少なのはマーク3。これはラジアルダイアル、ミニダイアル、アジアダイアルなどと呼ばれ、秒を示すインディケーション(外周の60のライン)と丸いインデックスに距離がある。つまりインデックスが文字盤の中央に寄せられている。ラジアルは1665(古いシード)でよく散見する。まつ毛のながーいフェイス(レイルダイヤル)と似ている。

忘れていた。マーク1にも亜流があり、人によってはマーク0.5などとしている。せっかくだから載せておくか。

1675-mk05-.jpg

R-O-L-E-Xの E の横棒が長いのだが、マーク1ほどは長くない。これがマーク 0.5。わはは。さすがにその命名は私ではない。海外のどこかのオタク野郎だ。さて、文字盤についてはここまで。後は写真で各自勉強していただきたい。該当するシリアルは以下の通り。

MK1: 1.6Mil / 2.9Mil
MK2: 2.5Mil / 5Mil
MK3: 4.2Mil / 5.5Mil
MK4 & MK5 & MK6 & MK7 : 5Mil以降
*マーク1でシリアルが5*****だったらそのダイアルは後乗せであることがわかる。逆にシリアルが古い(60年代の1番台など)でダイヤルがマーク4以降だったら私はちょっと疑う。また現在市場に出ている1675の多くが交換ダイヤルであることを書いておく。このことについてはまた別の機会に。

ヴィンテージの魅力は人それぞれであろうが、何といってもベゼル、その個性ではないだろうか。私もまたそうである。ベゼル好き、ベゼルフェチ、ベゼル魔、何と呼ばれても良い。ヴィンロレ最大の面白さだ。サブなら私は褐色して灰色よりも青味がかったそれが好みで、文字盤のブラックよりは絶対に退色していて欲しいクチ。前回記事の写真、私物のチューサブ(左)のように。だがサブの最大の弱点はルミナスが取れやすいこと、私は上部にぽっかりと穴が開いたベゼルが苦手で、そういう個体はまず射程に入らない。5桁のサブ14060Mでこれが取れたことは過去記事にしたが、5桁でも取れるのだから4桁はとにかくそこに気を遣う。道を歩いていて取れたら絶対に気づかないはずで、もし気づいたらそれはもう超能力者レベルだ。もちろんベゼルを入手して取り換えれば良いのだが、まずヴィンテージのベゼルは高い。普通に10万円~であり、かつ痛んだり、歪んだりしているものも多く、簡単ではないのだ。従って、やはり最初から気に入ったベゼルが装着されている個体を探すのがベストだと思う。その点、GMTは良い。なぜならルミナスが最初から無いから。無いものは無くならない。禅の坊さんみたいに悟ったのであった。

書き忘れたが1675には赤黒はない。これは後の16760(fat lady)から。1675は青赤(PEPSI)か黒の2種。青赤に関してはfuchsiaベゼルというのがあって、これはフクシアという紅花の色、赤紫色で結構どぎつく好みは分かれるところ。私はそれよりも神社の鳥居のような、ややえんじっぽく退色した赤が苦手。好きなのは青が水色に変色し、赤はそこそこ残っている配色だが、こんなものは好みの問題。中にはごっそりと色が抜け落ちたゴーストベゼルなるものもあり、そのあたりになると重症、あっ、いや失礼、本物。女性からはたぶん不評だろうが、時計オタク野郎の道に女は不要、気にすることはない。裏は単色で赤と青の2種があり、前者が貴重。赤に青を塗ったか、青に赤を塗ったかの違い(当たり前か)。文字は当然太字と細字があり、これもまた前者が高価。そこはサブと一緒。GMTの魅力のひとつは間違いなくベゼルを交換して楽しめるところ。ついでに書いておくと、1675には青一色のブルーベリーと呼ばれる個体があり、滅多に見かけないが高額なので、その配色が好きな人は社外品のブルーを付けて楽しめばよいと私は思う。ただし、これ本物は24時間針が先っちょまですべて赤。

1675 fuchsia
フクシアベゼル


ブレスはリベット、巻き、無垢(ハード)と変遷。リベットは7206。巻きと無垢はミルガウスやエクスプローラー、デイトナなどと同じくシングルロックの7836, 78360である。巻きから無垢(ハードブレス)への切り替えは70年代後半。針の取り付け位置は文字盤から、赤いGMT針、短針、長針、秒針の順、これが後継の16750だと短針、赤いGMT針、長針、秒針の順になる。前者のムーブはCAL.1570(1575)、後者16750はCAL.3075へと変わった。

最後に、これを調べていて痛切に感じたのが、実は後継の16750は狙い目なのではないかということ。特に前期はフチなしで、キャリバーこそ変わったが、外面の変化はほとんどない。痛んだ1675なら、上質な16750こそだ。上のマーク6と7については不思議なことがあって、実は16750のある時期、その文字盤とレタリングが1675のマーク5そっくりなのである。従って、人によってはマーク5は後年の交換ダイアルという人もいる。だが、16750の文字盤は足の取り付け位置が1675とは違うので、これは謎。

で、この記事のきっかけになった亡き裕次郎さんの1675はマーク何かと言うと、あの時はそんな目で見ていなかったのでわからない。あの突然の対面で、もし「ほぉー、マーク2か」などと呟いたら、それこそ本物のヴィンテージ野郎だろうが、私は真っ平ごめんだ。あのとき、ガラスのショーケースを前にして私は、まだ貧しかった戦後すぐの日本で人々に夢と勇気を与えたスターが愛した時計のオーラを一身に浴び立ち尽くしていたのだ。だが、まあせっかくだから書いておくか・・・。マーク1だ(笑)。


GMTマスター1675についてはここまで。私自身の備忘録とこれからヴィンテージに興味を持つ人の一助として。

1675-11.jpg
プロフィール

オイパペ

Author:オイパペ
ロレックスとともに

カウンター
最新記事
リンク
検索フォーム
PR
カテゴリ
最新コメント
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
QRコード
QR